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マリア・デ・ラス・メルセデス・デ・ボルボン・イ・アブスブルゴ=ロレーナ(スペイン語:María de las Mercedes Isabel Teresa Cristina Alfonsa Jacinta Ana Josefa Francisca Carolina Fernanda Filomena María de Todos los Santos de Borbón y Habsburgo-Lorena, 1880年9月14日 - 1904年10月17日)は、スペインの王女(インファンタ)、アストゥリアス女公。 スペイン王アルフォンソ12世と王妃マリア・クリスティーナの長女としてマドリード王宮で誕生し、生まれてすぐ王位継承第1位の者に与えられるアストゥリアス公を授けられた。名前は、父王の最初の妃でわずか18歳で急逝したマリア・デ・ラス・メルセデス・デ・オルレアンスにちなむ。母マリア・クリスティナが第3子を懐妊中、父アルフォンソ12世が肺結核で急死した。生まれたのは男児で、誕生後ただちにアルフォンソ13世として即位したが、マリアはアストゥリアス公のままであった(アルフォンソ13世に当然ながら子がなく、王位継承第1位であったため)。 1901年、両シチリア王家出身のカルロ・タンクレーディ・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ(最後の国王フランチェスコ2世の甥)と結婚した。2人は3子をもうけた。 *アルフォンソ・マリア(1901年 - 1964年) *フェルナンド(1903年 - 1905年) *イサベル・アルフォンサ(1904年 - 1985年) - ヤン・ザモイスキ伯と結婚 マリアは末子イザベッラを出産後、急死した。アルフォンソ13世はまだ独身であったため、マリアの長男アルフォンソ・マリアをアストゥリアス公とした(1907年にアルフォンソ13世の長男アルフォンソが誕生するまで)。 なお、夫カルロ・タンクレーディは、2度目の妻ルイーズ・ドルレアンとの間の次女にマリア・デ・ラス・メルセデスの名を付けている(スペインの前国王フアン・カルロス1世の母である)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「マリア・デ・ラス・メルセデス・デ・ボルボーン・イ・アブスブルゴ=ロレナ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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