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マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメー : ミニ英和和英辞書
マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメー[らめ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ラメ : [らめ]
  1. (fr:) (n) lame 2. (fr:) (n) lame

マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメー ( リダイレクト:ウィーダ ) : ウィキペディア日本語版
ウィーダ[らめ]

ウィーダOuida, 1839年1月1日 - 1908年1月25日)は、イギリスサフォーク州出身の女性作家。ウィーダはペンネームで、彼女が幼児の頃、本名「ルィーズ」(Louise)をそう発音していたことに由来する。本名は、マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメー(Marie Louise de la Ramée)という。日本では1872年発表の『フランダースの犬』で知られる。
== 来歴 ==
父はフランス人ルイス・ラメー、母はイギリス人スーザン・サットンの次女。姉については一切が不詳。20歳頃より小説を書き始め、1863年にデビュー作となる『囚れの身となって』(''Held in Bondage'' )を発表して作家活動に入る。代表作に1867年『二つの旗の下に』(''Under Two Flags'' )等。これは出世作になっており、後に映画化されている。その他、生涯に『ストラスモー』(''Strathmore'' 1865年)、『ニュールンベルクのストーブ』(''The Nürnbergstove'' 1882年、''"Stories for Children"''に収録)、『銀色のキリスト』(''The Silver Christ'' 1894年)をはじめ40冊以上の物語を執筆している。1870年頃、父が没したためイタリア王国フィレンツェに移住した。犬好きで動物愛護協会設立に尽力し、晩年は多数の犬と暮らした。1908年、肺炎でヴィアレッジョに没し、バーニ・ディ・ルッカのイギリス人墓地に葬られる。一度は結婚していたが離婚しており、その後は独身だった。墓標は本人の遺した文学を愛する読者により寄贈されたもので、生家の残る現在の英国のベリー・セント・エドマンズでは記念碑が建っている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ウィーダ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Ouida 」があります。




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