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マルコム・アンダーソン : ミニ英和和英辞書
マルコム・アンダーソン[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

アンダー : [あんだー]
 【名詞】 1. under 2. (n) under
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

マルコム・アンダーソン : ウィキペディア日本語版
マルコム・アンダーソン[ちょうおん]

マルコム・アンダーソンMalcolm Anderson, 1935年3月3日 - )は、オーストラリアクイーンズランド州セオドア出身の男子テニス選手。愛称の「マル・アンダーソンMal Anderson)」で呼ばれることも多い。
1957年全米選手権男子シングルス優勝者になった後、1959年に「プロテニス選手」に転向した。その後1968年に始まったテニス界の「オープン化措置」で4大大会に復帰し、1973年全豪オープン男子ダブルス優勝者になり、オープン化時代の前後をまたいで活動した。
アンダーソンの故郷は、クイーンズランド州内の広大な田舎地域にある。下記参考文献のうち、バド・コリンズの百科事典の説明によれば「牛やカンガルー、ワライカワセミの生息地で、自宅には手作りのテニスコートとアリの寝床があった」という。そんな育ちであったことから、彼には後に「田舎者(Country)」「カウボーイ(Cowboy)」などのニックネームがついた。身長185cmほどの長身選手で、ほっそりした“線路のように細い”体格の持ち主と呼ばれた。彼はロイ・エマーソンの姉妹と結婚したことから、エマーソンと義理の兄弟関係になった。
アンダーソンは8歳からテニスを始めたが、真剣に練習するようになったのは16歳以後であった。22歳になった1957年、アンダーソンに最初のハイライトが訪れる。3度目の出場だった1957年全米選手権で、彼はノーシードから勝ち上がり、4回戦でディック・サビットアメリカ)、準々決勝でルイス・アヤラチリ)、準決勝でスベン・デビッドソンスウェーデン)を破って決勝に勝ち上がった。決勝戦では同じオーストラリアのアシュレー・クーパーを 10-8, 7-5, 6-4 のストレートで破る。こうしてマルコム・アンダーソンは、全米選手権(現在の全米オープンテニス)の歴史を通じて、史上初めてノーシードから男子シングルスを制した選手になった。
2000年国際テニス殿堂入りを果たしている。
== 4大大会優勝 ==

* 全豪オープン 男子ダブルス:1勝(1973年)/混合ダブルス:1勝(1957年) [男子シングルス準優勝2度:1958年→1972年]
* 全仏選手権 男子ダブルス:1勝(1957年)
* 全米選手権 男子シングルス:1勝(1957年) [同部門準優勝1度:1958年]

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マルコム・アンダーソン」の詳細全文を読む




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