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マーンドゥー : ミニ英和和英辞書
マーンドゥー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

マーンドゥー : ウィキペディア日本語版
マーンドゥー[ちょうおん]

マーンドゥーヒンディー語:माण्डू, 英語:Mandu)は、インドマディヤ・プラデーシュ州ダール県の都市。マールワー・スルターン朝の首都でもあった。
==歴史==

1401年ティムールデリーを占領したのち、マールワー総督のディラーワル・ハーン・ゴールは中央から独立しようとし、1407年に独立に成功した。マーンドゥーはマールワー・スルターン朝の首都となり、巨大な城塞も建設された〔1 〕。
1531年3月28日グジャラート・スルターン朝の君主バハードゥル・シャーはマーンドゥーを落とし、マールワー・スルターン朝を滅亡させた。
その後、スール朝の支配を経て、バーズ・バハードゥルがマーンドゥーを拠点にマールワー・スルターン朝を事実上再興したが、1561年ムガル帝国の軍勢に前にその支配を失った。
1732年、マーンドゥーはマラーター王国宰相バージー・ラーオによって征服された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マーンドゥー」の詳細全文を読む




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