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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ミッキードリームは日本の競走馬である。馬名の意味は冠名+夢。主な勝ち鞍は2011年の朝日チャレンジカップ。2007年のセレクトセールにて、野田みづきが5,000万円で落札〔取引馬検索結果より - JAPAN RACING HORSE ASSOCIATION 一般社団法人日本競走馬協会 2014年8月16日閲覧〕。 == 競走馬時代 == 2009年8月23日、小倉競馬場の新馬戦(芝1800m)でデビュー。和田竜二を鞍上にリルダヴァルの3着に入る〔ディープ甥・リルダヴァルが完勝デビュー - 2009年8月23日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕。3戦目の未勝利戦で初勝利を挙げる。 3歳となり年明け初戦の福寿草特別(500万下)では初の1番人気となるが、3着に敗れる〔良血レーヴドリアンが快勝/福寿草特別 - 2010年1月9日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕。続くつばき賞(500万下)ではゲシュタルトを1.1/4馬身差で抑え1着となる〔 - 2010年1月30日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕。 次戦は初の重賞競走となる毎日杯に参戦する。ここではルーラーシップ・リルダヴァル・ダノンシャンティと強豪が揃った事もあり5番人気となるが、ダノンシャンティの2着となる。クラシックを期待されたが、このレースで骨折してしまい、残りの3歳シーズン全休を余儀なくされる〔毎日杯2着、ミッキードリームが骨折 - 2010年4月1日「競馬ラボ」〕。 復帰は2011年2月27日の中山記念。果敢に重賞挑戦したがヴィクトワールピサの11着と完敗。続く産経大阪杯でもヒルノダムールの9着と全く見せ場無く敗れる。しかし次戦、都大路ステークスでは2着に入り、骨折の影響は無いところをアピールする。 その後、1000万下・1600万下を1番人気で連勝し(1600万下レースには、後に中山大障害を勝つマーベラスカイザーがいた)、再び重賞戦線に戻りG3朝日チャレンジカップに挑む。最後はエーシンジーラインに迫られるもハナ差しのいで勝利し、重賞初制覇を飾る〔連勝中のミッキードリームが接戦制し重賞初V/朝日CC - 2011年9月10日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕。 次走は天皇賞(秋)を見据えて毎日王冠に出走〔ミッキードリーム重賞初制覇で広がる夢/朝日CC - 2011年9月11日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕。G1馬もいる中でダークシャドウの3着となり〔ダークシャドウ、32秒台の末脚で重賞連勝/毎日王冠 - 2011年10月10日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕、本番・天皇賞を迎えるが8着と敗戦。続いてマイルチャンピオンシップにも挑戦したが9着となり、このシーズンを終えた。 次シーズン以降は未勝利。 2014年4月にはダートのアンタレスステークスにも挑戦したが、11着と惨敗し芝に戻っている〔第19回アンタレスステークス - 2014年4月19日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕。 中京記念を得意としており、2012年は4着だが2013年・2014年と2年連続2着となる〔【中京記念】(中京)~フラガラッハ 連覇 - 2013年7月21日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕〔【中京記念】(中京)~GI馬サダムパテックが制す - 2014年7月27日「netkeiba」2014年8月16日閲覧〕。 2015年7月26日の中京記念14着を最後に現役を引退、埼玉県本庄市の駿ホースクラブで乗馬となる〔 ミッキードリーム号が競走馬登録抹消 日本中央競馬会、2015年7月30日閲覧〕。
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