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ミップス・テクノロジーズ(英語:MIPS Technologies, Inc.、)は、イマジネーションテクノロジーズ傘下のファブレス半導体企業であり、MIPSアーキテクチャと一連の RISC CPU 開発で知られている。家庭用・ネットワーク用・モバイル用デジタル機器のための命令セットアーキテクチャとコアを提供している。 自社では設計のみ行い、LSIメーカーにライセンスするビジネスモデルを持つ。ライセンシーとしては、東芝、日本電気、SCE、フィリップス、LSIコーポレーションなど多数のメーカーがある。単独のCPUだけでなく、MIPSアーキテクチャのCPUコアを組み込んだシステムLSIを製造しているメーカーも多い。 ミップスで働いていた有名人として、(起業家)、ジョン・ヘネシー、(ネットアップ創業者)、アール・キリアン(MIPS III ISA を設計)、(UNIX開発者の1人)、(ベリサインの元CEO)、(MC68000のチーフアーキテクト)などがいる。 カリフォルニア州サニーベールの本社以外に、中国の上海とオレゴン州ビーバートンに開発拠点がある。また、台湾の新竹市、日本の東京、ドイツのレムシャイト、イスラエルのハイファに支社がある。 == 歴史 == 1984年、スタンフォード大学のジョン・ヘネシー教授を中心とした研究者グループがマイクロプロセッサチップベンダーとしてミップス・コンピュータシステムズ (MIPS Computer Systems, Inc.) を創業。「MIPS」の名はもともとスタンフォード大学で研究していたRISCアーキテクチャ「パイプラインステージがインターロックしないマイクロプロセサ」の頭文字をとってつけられた。 1988年、MIPSアーキテクチャがシリコングラフィックス (SGI) の目に止まり、同社のコンピュータに採用。1989年12月には株式公開を果たした。 R2000とR3000マイクロプロセッサを開発すると、経営陣は半導体設計企業からコンピュータ企業への脱皮を図った。しかし、大企業と対等に渡り合えるほどの資金力がなく、チップとシステム (MIPS Magnum) 両方の開発費の捻出に頭を悩ませていた。今後のMIPSアーキテクチャのマイクロプロセッサ(特に直近のR8000)が確実に開発されることを保障するために、シリコングラフィックス (SGI) は1992年に同社を3億3300万ドルで買収し、ミップス・テクノロジーズとして完全子会社化した。 SGIの下でミップスは、R8000 (1994)、R10000 (1996)、R12000 (1997) といったマイクロプロセッサをリリース。そのころ ''Beast'' と ''Capitan'' というコード名のマイクロプロセッサを開発中だったが、1998年にSGIがItaniumアーキテクチャへの移行を決定すると、それらのプロジェクトは中止された〔。その結果、ミップスはスピンアウトされ、MIPSアーキテクチャの知的資産ライセンスを販売しプロセッサコアを設計する企業となった。 1998年6月30日、1株当たり14ドルで株式公開を行い、約1630万ドルを集めた〔。1999年、SGIは事業の見直しを行うと発表し、MIPSの新プロセッサは2002年までリリースを継続するが、インテルの新アーキテクチャもサーバに採用していくとした。SGIは全保有株を2000年ごろに市場で売ってしまったので、SGIの子会社ではなくなった。 2008年初め、ミップスはプロセッサ事業部門の28人の従業員を解雇した。2008年8月13日、会計年度の第4四半期が1億850万ドルの赤字となり、さらに従業員の15%を解雇することになると発表。その時点で従業員数は512名だった。 2010年、ジョン・ヘネシーの教え子だった Sandeep Vij がCEOに就任〔。Vijはかつてザイリンクスやアルテラで役員を務めていた。 EE Times によれば、2010年11月1日時点の従業員数は150人である。一方、EDNの2008年8月14日付けの記事〔では500人以上の従業員がいたことになっている。したがって、2008年から2010年の間に従業員を70%削減したことになる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ミップス・テクノロジーズ」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 MIPS Technologies 」があります。 スポンサード リンク
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