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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ミーナ・サレー(Mina Saleh)は、日本で活動するベリーダンサー。姉のキミヤ・サレーが設立した国際アラビアンダンス協会のダンサー、インストラクターを経て、株式会社国際アラビアンダンス協会代表取締役社長に就任〔国際アラビアンダンス協会ホームページ〕。イラン・テヘラン出身。 ==略歴== イランの首都テヘランに生まれる。トルコとイランのミックスで、幼少の頃から身近で姉キミヤが祖母の指導で踊っていたのを真似ていたのがはじまり。 7歳から母国でプロダンサーとして活動を開始する。キミヤがダンサーとして1990年に来日し、ベリーダンサーや歌手として活動するさなか、ミーナが1999年(当時12歳)に来日する〔「ベリーダンスの官能―ダンサー33人の軌跡と証言―」関口義人、青土社、2012年、177ページ〕。 キミヤの指導のもとベリーダンスの練習に打ち込み、14歳で国際アラビアンダンス協会のインストラクターとしての仕事を持ち、17歳からはインストラクターを養成する立場にたつ。ダンサーとしてもトルコ大使館や秋篠宮にダンスを披露するなど活躍〔「ベリーダンスの官能―ダンサー33人の軌跡と証言―」関口義人、青土社、2012年、178ページ〕。また、イベント出演やテレビ出演、著書も出している。 2009年、国際アラビアンダンス協会を主宰してきたキミヤが膵臓がんで38歳の若さで急逝。キミヤの遺志を継ぎ、ミーナは協会を経営することとなる。ダンサー・講師として活躍するとともに、2010年、協会を法人化し株式会社国際アラビアンダンス協会の代表取締役社長に就任。 2012年、ミーナイシス(Mina Isis)を発案、舞台で披露。 ※ミーナイシス(Mina Isis)とは、光るイシス(ウィング)。近年海外の有名プロベリーダンサーもミーナイシスを使い、舞台などで披露したりもしています。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ミーナ・サレー」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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