翻訳と辞書
Words near each other
・ ムルシア
・ ムルシア州
・ ムルシア県
・ ムルシア自治州
・ ムルシア=サン・ハビエル空港
・ ムルシア=サン・ハビエル空軍基地
・ ムルシエラゴ
・ ムルシエラゴ (曖昧さ回避)
・ ムルシダーバード
・ ムルシダーバード太守
ムルシド・クリー・ハーン
・ ムルシリ1世
・ ムルシリ2世
・ ムルシリ3世
・ ムルジム
・ ムルジャン・タワー
・ ムルスカ・ソボタ
・ ムルス・ダキクス
・ ムルズク
・ ムルズク県


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ムルシド・クリー・ハーン : ミニ英和和英辞書
ムルシド・クリー・ハーン[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ムルシド・クリー・ハーン : ウィキペディア日本語版
ムルシド・クリー・ハーン[ちょうおん]

ムルシド・クリー・ハーンベンガリー語:মুর্শিদ কুলি খান, Murshid Quli Khan, 1665年頃 - 1727年6月30日)は、東インドベンガル太守(在位:1717年 - 1727年)。アラー・ウッダウラ(Ala ud-Daulah)とも呼ばれる。なお、イランサファヴィー朝にも同名の人物が存在した。
==生涯==

===前半生===
1665年頃、ムルシド・クリー・ハーンはデカン地方において、貧しいバラモンの息子として生まれたとされる〔Murshidabad 2 〕〔堀口『世界歴史叢書 バングラデシュの歴史』、p.72〕。
どういった経緯かは不明だが、子供のころに奴隷としてイランへと連れて行かれ、イスファハーンの商人からサファヴィー朝の貴族ハージー・シャーフィー・イスファハーニーに売られた〔。彼はイスラーム教に改宗させられ、実に8年にわたりイスファハーンで暮らすこととなった〔。
その後、解放されてイランからインドへと帰還したのち、ムガル帝国の宮廷に仕え、歳入改善で頭角を現した〔。これは皇帝アウラングゼーブの目にも入り、その実力を認められて抜擢された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ムルシド・クリー・ハーン」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.