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メルセデス・ベンツ・300SL(''Mercedes-Benz 300SL'' )は、ドイツの自動車メーカーダイムラー・ベンツ(現ダイムラー)が開発・製造したスポーツカーである。同社の高級スポーツカー、SLクラスの初代モデルにあたる。 ガルウィングドアと世界初のガソリン直噴エンジンを特徴とする2シーター・クーペ。1957年以降はオープンのロードスターに変更された。 == 概要 == 車名の「300」はエンジン排気量3リットル、「SL」はドイツ語「Sport Leicht」の略で軽量スポーツカーを意味する。ダイムラー・ベンツの社内コードはW198。 300SLはそもそもワークス・チーム用のプロトタイプレーシングカーとして開発された(社内コードはW194)。1952年の国際スポーツカーレースで収めた成功の中でも、「世界一過酷な公道レース」といわれたカレラ・パナメリカーナ・メヒコにおける勝利は、アメリカのスポーツカー愛好家たちに強い印象を与えた。 300SLを市販する予定はなかったが、ニューヨークの輸入ディーラー、マックス・ホフマン () はアメリカ市場における需要を予想し、1000台の確定注文をもってダイムラー・ベンツ社を説得した〔伊東和彦 「メルセデス・ベンツSLストーリー SLSロードスターの登場によせて」『カーマガジン 2011年12月号』、ネコ・パブリッシング、86頁。〕。「公道版レーシングカー」となるW198の発表は、1954年2月のニューヨーク国際オートショーで行われた〔以前のモデルはフランクフルトモーターショーもしくはジュネーヴのサロン・アンテルナショナル・ド・ロトで発表された。〕。また、廉価版とも言うべき190SL (R121) も同時発表された。 ガルウィングドアを持つ初代クーペモデルは6,820ドルという高額にも関わらず人気車種となった。1957年5月にクーペモデルは生産終了となり、以後はロードスターモデルに移行した。生産台数はクーペが1,400台、ロードスターが1,858台。4,000ドル以下で発売された190SLは300SLよりも商業的な成功を収め、その生産台数は2万5881台に達した。300SLと190SLの生産は、230SLと入れ替わる形で1963年に終了した。 多くのドライバーが事故で死亡したため、“Widowmaker”(直訳すると「未亡人製造機」)というありがたくないあだ名を与えられた。 300SLは左ハンドル仕様のみの設計であり、右ハンドル仕様車は生産されなかった。 今日、300SLはその独特なドアと世界初の技術のためにすべての年代を通してもっとも収集すべきメルセデス・ベンツのひとつとなっている。価格は40万ドルまで達している。『スポーツカー・インターナショナル』誌は300SLを歴史上5位のスポーツカーにランクしている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「メルセデス・ベンツ・300SL」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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