|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ モスクワ : [もすくわ] 【名詞】 1. Moscow 2. (n) Moscow ・ 休 : [きゅう] 1. (n,vi,vs) rest 2. taking a day off 3. being finished 4. being absent 5. retire 6. sleep ・ 休戦 : [きゅうせん] 1. (n,vs) truce 2. armistice ・ 休戦協定 : [きゅうせんきょうてい] (n) cease-fire agreement ・ 戦 : [いくさ] 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight ・ 協 : [きょう] 1. (n-suf,n-pref) cooperation ・ 協定 : [きょうてい] 1. (n,vs) arrangement 2. pact 3. agreement
モスクワ休戦協定(モスクワきゅうせんきょうてい、露: ''Московское перемирие''、芬: ''Moskovan välirauha'')は、1944年9月19日にフィンランド側とソビエト連邦、イギリス側によって署名された協定であり、これによって事実上継続戦争は終結した〔Armistice Agreement between the Union of Soviet Socialist Republics and the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland,on the one hand, and Finland on the other 〕。この休戦協定は、1940年のモスクワ講和条約の条件に多少変更を加え復帰させたものである。なお、フィンランド・連合国諸国間の最終的な講和条約は1947年にパリで締結されたパリ条約である。 == 講和条件 == モスクワ休戦協定の講和条件は1940年のモスクワ講和条約で合意された条件、つまりカレリア、サラそしてフィンランド湾に浮かぶ諸島の割譲に近いものである。この休戦協定ではソ連は新たにペツァモ(現ペチェングスキー)全域の割譲を要求し、さらにフィンランドにポルッカラを50年間貸すことを強いた。なおポルッカラは1956年にフィンランド統治下に返却された。 他の条件としてフィンランドは、向こう6年間に渡って3億ドル(現在の米ドルで約40億ドル)分の物資をソ連へ賠償することが含まれていた〔 Last war reparation train crossed Finnish-Soviet border 50 years ago Helsingin Sanomat 3 September 2002〕。フィンランドはまた党則を多少変更した後フィンランド共産党を合法化することに同意し、ソ連が当時ファシスト政党と考えていたものを禁止した〔 Jukka Nevakivi (2006) Jatkosodasta nykypäivään. 〕。さらに、ソ連側は戦争責任があると判断した人物を逮捕し裁判にかけた〔Jakobson, Max (former Finnish Ambassador to the UN) ''Finnish wartime leaders on trial for "war guilt" 60 years ago '' ヘルシンギン・サノマット International edition, 28 October 2005〕。この一連の裁判の中でもリスト・リュティのものが最も有名である。最終的にこの休戦協定はフィンランドに自国領土内にいるドイツ軍の退出を強いることになり、結果的に1944年から1945年にかけてのラップランド戦争へと繋がる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「モスクワ休戦協定」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|