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モロタイ島の戦い(モロタイとうのたたかい)は、太平洋戦争(大東亜戦争)後期にインドネシア東部モルッカ諸島のモロタイ島で守備する日本軍と上陸したアメリカ軍主力の連合国軍の間で行われた戦いである。アメリカ軍は、フィリピン反攻作戦の第一歩として、モロタイ島を占領し飛行場など大規模な基地を建設した。 == 背景 == 太平洋戦争中、ニューギニア方面から反攻作戦を行ってきたダグラス・マッカーサー将軍を指揮官とするアメリカ陸軍主体の連合国南西太平洋方面軍は、1944年後半ついにフィリピンへの侵攻に着手することにした。その第一歩としてフィリピン方面への航空作戦の拠点の確保が必要となり、ニューギニア西方に位置するモルッカ諸島のモロタイ島が攻撃目標に選ばれた。 また同時並行でパラオ諸島のペリリュー島とアンガウル島も、アメリカ海軍主体の連合国中部太平洋方面軍が担当して攻略されることとなった。(''この際の戦略決定の経緯についてはフィリピンの戦い (1944-1945年)#アメリカを参照。'') 一方、1942年にオランダ領東インドの一部であったモロタイ島を占領した日本軍は、以後、あまり有力な守備隊を配置していなかった。1944年にモルッカ諸島方面の防備強化が図られ、第32師団が派遣されたが、守備の重点は平野が多く飛行場に適した隣のハルマヘラ島に置かれた。モロタイ島には、一旦は第32師団の2個大隊が分遣されて飛行場建設を進めたが、水はけが悪いために建設は放棄された。この2個大隊はハルマヘラ島に撤収し、後には川島威伸中尉を指揮官とする第2遊撃隊所属の2個中隊(主に高砂義勇兵)を配置しただけであった。 連合軍の上陸時、島には9000人の現地人が住んでいた。島民に対する宣撫工作を行うために、連合軍の上陸部隊には、オランダ軍の民政班が加えられた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「モロタイ島の戦い」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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