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モーリス・ド・サクス : ミニ英和和英辞書
モーリス・ド・サクス[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

モーリス・ド・サクス ( リダイレクト:モーリス・ド・サックス ) : ウィキペディア日本語版
モーリス・ド・サックス[ちょうおん]

エルマン・モーリス・ド・サックス(, 1696年10月28日 - 1750年11月20日)は、フランス王国軍人。ラ・ルート伯爵およびサックス伯爵。ド・サックス元帥()の通称でも知られる。
年少の頃から軍務に就き、後にフランス王国軍人の最高名誉、フランス大元帥に上り詰めた。軍隊の編制、戦術リーダーシップ士気について著作があり、深い洞察を残している。
ヴェッティン家の出身で、ドイツ読みではヘルマン・モーリッツ・フォン・ザクセン()。ザクセン選帝侯ポーランドアウグスト2世の庶子で、アウグスト3世は異母兄にあたる。
== 生涯 ==
ポーランド王アウグスト2世(ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世)の354人の私生児の最年長としてゴスラー(現ニーダーザクセン州ゴスラー郡)で生まれる。
12歳で少尉に任官され、翌年に初陣。17歳のときに騎兵連隊を指揮してフランドルで戦う。18歳の時に貴族の娘と結婚、1717年に21歳でプリンツ・オイゲンと共にベオグラード包囲戦に参加した。フランス政府に誘われ、1720年パリへ出てフランス軍に入隊した。
その後戦役に従軍して功績を立て、ルイ15世公妾ポンパドゥール夫人の尊敬を受けたために認められ、フランス軍最高司令官となる。オーストリア継承戦争でフランス軍の指揮を任され1745年には元帥に任官され、1747年フォントノワの戦いの功績によって大元帥に任命された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「モーリス・ド・サックス」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Maurice de Saxe 」があります。




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