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ヤショヴァルマン1世(、Yasovarman I)はカンボジア・アンコール朝第4代目の王〔京大東洋史事典編纂会『新編東洋史事典』東京創元社、1990年4月第9版、P843。〕。在位889-910年〔Rooney (2011) p. 36〕。インドラヴァルマン1世の子。 == 生涯 == 父王の死後889年に即位した〔Higham, Charles (2001). The Civilization of Angkor. Berkeley: University of California Press,pp.63 ff.〕。ロリュオス川流域にあった前王の都ハリハラーラヤで即位し〔、父インドラヴァルマン1世が築いたことからインドラタターカと呼ばれたバライ 〔、すなわち貯水池の中央にロレイを建築し、父母や祖父母を祀った〔。 また、継承権争いの際に王宮が破壊されたため、シュムリアップ川流域、後にアンコール・トムの建設される土地一帯に、第1次アンコール王都とされる新都を建設し、そこに遷都したことで知られる〔〔。この新都は王の名をとってヤショダラブラと呼ばれた〔。 900年頃には、旧都ハリハラーラヤのバライであるインドラタターカの北東端から、新都へとつながる道路を整備させた〔。さらに、新都の東に大規模な貯水池として、ヤショダラタターカと呼ばれた東バライを築いた〔。 ヒンドゥー教信者で、プノン・バケン寺院など国内各地に精舎とも同一視されるヒンドゥー教寺院を建設したことでも知られる〔〔。910年にハンセン病で死去した。碑文には名君であり優れた建設者として「獅子の男」と讃えられている〔Chandler, David (1992). A History of Cambodia. Boulder: Westview Press.,P40〕。王位はその子ハルシャヴァルマン1世に継がれた〔Rooney (2011) p. 467〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ヤショヴァルマン1世」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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