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ヤマニンシュクルは日本の元競走馬で、現在は繁殖牝馬。2003年の阪神ジュベナイルフィリーズに優勝し、同年のJRA賞最優秀2歳牝馬を受賞している。馬名の由来は冠名のヤマニン + フランス語で砂糖を意味するシュクル(''sucre'')より。 == 戦績 == 2003年夏の函館でのデビュー戦を勝利し、札幌でのクローバー賞で2着に入線した。その後コスモス賞を優勝し、オープンクラスに昇級した。続く札幌2歳ステークスでも3着に入る活躍を見せた。この札幌2歳S以降は、引退まで全て重賞に出走している。 暮れの阪神ジュベナイルフィリーズでは6番人気に甘んじたが、ゴール前で逃げるヤマニンアルシオンを捉え、後のGI優勝馬スイープトウショウらを抑えて勝利した。年が明けてから、2003年のJRA賞最優秀2歳牝馬を受賞している。 2004年の3歳時は、チューリップ賞3着からスタートし、牝馬クラシック路線で安定した活躍を見せた。桜花賞3着、優駿牝馬5着、クイーンステークス3着、秋華賞2着と、僅差ながら勝ちきれない競馬が続き、この年は未勝利に終わっている。その後屈腱炎を患って休養に入る。 2005年は、1年1ヶ月振りの出走となったエリザベス女王杯で4着と存在感をアピール。しかし次走鳴尾記念では、久しぶりの牡馬相手のレースとなり、デビュー以来初めて掲示板を外す7着に敗れた。 2006年は年明けの京都牝馬ステークスで復活を予感させる4着の好走でスタート。続く中山牝馬ステークスで、デビュー以来初の1番人気に推され、人気に応える形で2年4ヶ月ぶりの勝利を収めた。以降も夏のクイーンステークスで2着に入るなど牝馬路線で健闘を続けた。 前年の雪辱を期して出走したエリザベス女王杯では、最後の直線に入って追い出そうとしたところで、強引に突っ込んできた本田優騎乗のカワカミプリンセスに進路を妨害され、初の二桁着順となる12位入線の、11着に終わった。カワカミプリンセスは1位に入線したが、本馬を妨害したことで12着に降着になっている。 一方本馬は、ゴール後に鞍上の四位洋文が下馬して診断を受けることになった。その後、進路を妨害された際に、体勢を崩したことで、右前浅屈腱不全断裂を発症したと診断された。引退後は北海道の錦岡牧場にて繁殖牝馬として繋養されている。優秀な牝系もさることながら、トウカイテイオーの血を持つ名馬の誕生も期待される。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ヤマニンシュクル」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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