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ユダの手紙 : ミニ英和和英辞書
ユダの手紙[ゆだのてがみ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [て]
 【名詞】 1. hand 
手紙 : [てがみ]
 【名詞】 1. letter 

ユダの手紙 : ウィキペディア日本語版
ユダの手紙[ゆだのてがみ]

ユダの手紙』(ユダのてがみ)は新約聖書正典中の、公同書簡に分類される手紙のひとつである。わずか25節の短い書簡であり、異端に対して厳しい批判を展開するとともに、信徒に正しい信仰を守ることを勧めている。著者は手紙の冒頭でヤコブの兄弟ユダと名乗っており、一般にこのユダはを示すと考えられている。ただし、現代の自由主義神学の立場からは、ユダに帰した偽名書簡の可能性が指摘されている。
定評あるギリシア語校訂版のネストレ・アーラント28版での題名は である。『ユダの手紙』という書名は新共同訳聖書ほか、口語訳バルバロ訳フランシスコ会訳新改訳塚本訳岩波委員会訳現代訳などの日本語訳聖書で用いられている。他の訳例としては、『ユダの書』(大正改訳)、『ユダスの手紙』(共同訳)、『イウダの書』(日本正教会訳)、『ユダ書』(前田訳)、『ユダ書簡』(田川訳)などがある。簡略化のため、以下では便宜的に「ユダ書」と表記する。
== 著者 ==
本文中で著者は自らを「イエス・キリストの僕(しもべ)またヤコブの兄弟であるユダ」(口語訳聖書〔以下、特段の注記のない聖書の引用句はパブリックドメインになっている口語訳聖書からの引用。なお、一部に括弧書きで読みを補った箇所がある。〕)と名乗る。「ユダ」という名はイエスを引き渡したイスカリオテのユダをはじめ、新約聖書に何人か登場するが、「ヤコブの兄弟」と位置づけられているユダは、主の兄弟ヤコブの兄弟、すなわち主の兄弟ユダ以外にいない。この人物は、一般にタダイとも呼ばれる使徒ユダとは別人と見なされる。ただし、オリゲネスらは、主の兄弟ユダを使徒ユダと同一視しており、現代においてもフェデリコ・バルバロのようにその立場を採る者もいる。また、教会の伝承においては、著者のユダをヤコブの兄弟とするものからそうでないとするものまで様々であった〔Norman Perrin, (1974) ''The New Testament: An Introduction'', p. 260〕。
リベラル派には、ユダの名を借りて後の時代に作成された偽名書簡と見る者たちがおり、両論を併記しているフランシスコ会訳聖書においても、偽名書簡と見る論者が多いことは認められている。偽名書簡と見る立場では、ユダの名を借りたのは権威付けのためとされている〔。しかし、こうした説には真正書簡と見る福音派などからの反論もある。聖書正典においては、主の兄弟ユダは直接的には『マルコによる福音書』6章3節(および並行する『マタイによる福音書』13章55節)で、イエスに驚く群衆の発言の中で名前が言及されているにすぎないからである。
古代の伝承においても、がユダの2人の孫について述べた程度しか伝わっておらず、ユダ本人については何も伝わっていない〔パウロの『コリントの信徒への手紙一』9章5節で言及される宣教に関わった「主の兄弟」に含まれるとする推測はあるが( (p.380)、 (p.308)、 (p.476) ほか)、ユダが名指しされているわけではない。〕。
偽名説に反論する人々は、もしも権威付けを理由とした偽名ならば、なぜ著者は(主の兄弟とはいえ)このような知名度の低い人物を選んだのかを疑問視している。さらに、もしも権威付けならば、著者が(主の兄弟などを名乗らずに)「ヤコブの兄弟」としか名乗っていないことも不自然とされる〔〔。この点、真正書簡と見る立場では、イエスに対する畏敬や控えめな態度として理解できる〔福音派の『新聖書講解シリーズ』でユダ書を担当した井上温章は、イエスへの畏敬のほか、ユダが宣教したパレスチナ地域における中心的教会であったエルサレム教会の指導者ヤコブの名は、対象地域でよく知られていたはずだからということも挙げている()。〕。しかし、偽名書簡だとするならば、もっと主の兄弟としての権威を強調してしかるべきというわけである。
ユダの知名度についての疑問は自由主義神学の側からも提示されており、ドイツのNTD新約聖書註解シリーズで公同書簡を担当したヨハネス・シュナイダーは、ユダの生涯が詳らかになっていない以上、本当に主の兄弟ユダが書いた可能性も排除しきれないと指摘している〔の「ユダの手紙」の項目では、原担当者のW.C. van Unnik が知名度への疑問から偽名ではないとしているのに対し、日本語版担当者の佐藤研は異議を加筆している。〕。
偽名書簡と見る場合、真の著者は不明である〔。ただし、外典・偽典を含む旧約聖書からの引用などによって、ユダヤ人キリスト教徒が想定されることがある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ユダの手紙」の詳細全文を読む




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