翻訳と辞書
Words near each other
・ ヨハン・ゴットリーブ・ガーン
・ ヨハン・ゴットリープ・グラウン
・ ヨハン・ゴットリープ・ナウマン
・ ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ
・ ヨハン・ゴットロープ・テアエヌス・シュナイダー
・ ヨハン・ゴッドフリート・フォン・ヘルダー
・ ヨハン・ゴトフリート・ヘルダー
・ ヨハン・サンタナ
・ ヨハン・ザムエル・エンドラー
・ ヨハン・ザムエル・シュレーター
ヨハン・ザルコ
・ ヨハン・シサット
・ ヨハン・シャイン
・ ヨハン・シュターデン
・ ヨハン・シュターミッツ
・ ヨハン・シュトラウス
・ ヨハン・シュトラウス1世
・ ヨハン・シュトラウス2世
・ ヨハン・シュトラウス2世の楽曲一覧
・ ヨハン・シュトラウス3世


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ヨハン・ザルコ : ウィキペディア日本語版
ヨハン・ザルコ

ヨハン・ザルコ (''Johann Zarco'', 1990年7月16日 - ) は、フランスカンヌ出身のオートバイレーサーロードレース世界選手権Moto2クラスチャンピオン。
==経歴==
2004年、13歳のときからイタリアポケバイレースに参戦を開始し、2005年と2006年にはヨーロッパ選手権でシリーズランキング2位を記録した。2007年にはこの年からMotoGPのサポートイベントとして始まったレッドブル・ルーキーズカップに参戦。8戦中7戦で表彰台に立ち、4勝を挙げて初代チャンピオンに輝いた〔http://www.johannzarco.com/?cat=10〕。
2008年にはレッドブルMotoGPアカデミーの一員としてスペインロードレース選手権(CEV)の125ccクラスに参戦する予定であったが、諸事情によりシーズン開幕前にチームを去った〔。結局この年はイタリアロードレース選手権(CIV)に数戦スポット参戦しただけで、どのシリーズにもフル参戦できなかった〔http://www.racingworld.it/notizia.php?id=0314&cat=moto&title=125_johann_zarco_firma_con_il_team_wtr_san_marino〕。
、ザルコはWTRサンマリノ・チームからアプリリアを駆り、ロードレース世界選手権125ccクラスにフル参戦デビューを果たした。第5戦イタリアGPでベストリザルトとなる6位に入り、シリーズランキングでは20位を記録した。これはこの年のルーキーの中ではジョナス・フォルガーに次ぐ2番手の成績だった。
もチームに残留。ザルコは開幕から8戦連続を含む、17戦中13戦ポイント獲得を果たし、型落ちのRSW125を駆るライダーの中では小山知良に次ぐ2番手となる年間ランキング11位を記録した。
シーズンは強豪チームのアジョ・モータースポーツに移籍、最新のRSA125を駆ることとなった〔http://www.motogp.com/ja/news/2010/Zarco+for+Ajo+Motorsport+in+2011〕。この年は飛躍のシーズンとなり、開幕戦からチームメイトのエフレン・バスケス(昨年ランキング5位)を上回るパフォーマンスを見せ、第2戦スペインGPで初の表彰台3位を獲得〔http://www.motogp.com/ja/news/2011/Zarco+race+Jerez+review〕すると、続くポルトガルGPでも連続して3位を獲得。さらにカタルニアGPでは、初めてニコラス・テロルとの優勝争いを展開。マシンパワーで劣りながらもラストラップの最終コーナーでテロルをかわし、自身初優勝を遂げたかに見えた。しかしテロルをパスする際にテロルを押し出すように肘を出してしまったことで20秒加算のペナルティを受け、6位に降格した〔http://www.motogp.com/ja/news/2011/Zaeco+reviews+Catalunya+GP〕。このレースを皮切りに、ザルコは優勝まであと一歩に迫りながら、僅かに届かないというレースを繰り返すこととなる。第8戦イタリアGPでは、カタルニアと同じように最後までテロルと優勝を争ったが、前回とは逆に最終ストレートでテロルにかわされ2位。続くドイツGPでもラストラップの最終ストレートでトップを走っていたヘクトル・ファウベルに並び、フィニッシュライン寸前で僅かに前に出てチェッカーを受けたように見えた。だがビデオ判定の結果同着とみなされ、「同着であった場合、レース中のベストラップの速かった選手を上の順位とする」というルールの結果、ファステストラップを記録したファウベルが優勝、ザルコはまたしても2位となった。その後も表彰台には何度もあがるものの優勝には手が届かずにいたが、第15戦日本GPで遂にテロルを下し初優勝を果たした〔http://www.motogp.com/ja/news/2011/japan+motegi+race+zarco〕。さらにこの優勝でテロルとのタイトル争いに望みをつないだものの、最終戦バレンシアGPで痛恨の転倒リタイアを喫してしまい、逆転チャンピオンとはならなかった。それでも昨年の成績を大きく上回るランキング2位を記録した。
シーズンはチャンピオンを争ったテロルと共にMoto2クラスにステップアップ。JiRチームからTSR製のプロトマシン・TSR6で参戦する〔http://www.motogp.com/ja/news/2011/Zarco+joins+JiR+Moto2+for+the+2012+season〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ヨハン・ザルコ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.