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ラシュヴァ渓谷民族浄化 : ミニ英和和英辞書
ラシュヴァ渓谷民族浄化[か]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

渓谷 : [けいこく]
 【名詞】 1. valley 2. ravine 3. canyon 
: [たみ]
 【名詞】 1. nation 2. people 
民族 : [みんぞく]
 【名詞】 1. people 2. race 3. nation 4. racial customs 5. folk customs 
浄化 : [じょうか]
  1. (n,vs) purification 2. cleanup 
: [か]
 (suf) action of making something

ラシュヴァ渓谷民族浄化 ( リダイレクト:ラシュヴァ渓谷の民族浄化 ) : ウィキペディア日本語版
ラシュヴァ渓谷の民族浄化[らしゅう゛ぁけいこくのみんぞくじょうか]

ラシュヴァ渓谷の民族浄化ボスニア語クロアチア語セルビア語:、英語:)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中の1992年から1993年にかけて、ボスニア・ヘルツェゴビナの地域においてボシュニャク人ムスリム人)の民間人に対して行われた一連の戦争犯罪の総称であり、これらはヘルツェグ=ボスナ・クロアチア人共和国の政治的・軍事的指導者らによって指揮されたものである。1991年11月にクロアチア人民族主義者が設定した目標を具現化するために1992年5月から翌1993年3月にかけて準備され、同年4月に相次いで実行に移された。ラシュヴァ渓谷のボシュニャク人は政治的・民族的・宗教的背景に基づいて迫害の対象とされ、地域一帯での広範な攻撃の中で計画的にその対象とされ、大量虐殺強姦、強制収容所への収容、ならびに文化遺産および個人資産の破壊が行われた。また、とくに、、、キセリャクの各自治体の領域内を中心に、反ボシュニャクのプロパガンダが行われた。
旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷()は、をはじめとするクロアチア人の政治的・軍事的指導者ならびに兵士らに対する多くの判決で、これらの犯罪が人道に対する罪に該当するものと認定している〔。この期間に行われたクロアチア防衛評議会による攻撃にかかわる証拠に基づき、コルディッチおよびチェルケズ事件()の判決においてICTYは、クロアチア人の指導者らはラシュヴァ渓谷からボシュニャク人を民族的に一掃するという意図あるいは計画を共有していたと認定した。地方の政治指導者であったダリオ・コルディッチは、こうした計画の立案者であり扇動者であるとされた〔。さらに、隣接するクロアチアの軍であるクロアチア陸軍がこの作戦に関与していたと結論づけ、一連の戦争犯罪をクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナによる国際紛争であるとした。
サラエヴォを拠点とするによると、ラシュヴァ渓谷地域に住む2000人程度のボシュニャク人がこの期間に死亡もしくは行方不明となった。
== 背景 ==
ユーゴスラビア紛争の中で、ボスニア・ヘルツェゴビナに住むクロアチア人クロアチアと目的を共有していた〔。クロアチアの政権政党であったクロアチア民主同盟ボスニア・ヘルツェゴビナに党支部を設立し、統制していた。1991年後半には、より過激な立場をとるマテ・ボバン、、、イグナツ・コシュトロマン()や、アント・ヴァレンタ()などの地方指導者〔が、フラニョ・トゥジマンやの支援を受けてボスニア・ヘルツェゴビナの党支部を支配下に置くようになった。1991年11月18日、クロアチア民主同盟のボスニア・ヘルツェゴビナ党支部は、ボスニア・ヘルツェゴビナ領内において、政治的・文化的・経済的・領域的すべてにおいて自立したヘルツェグ=ボスナ・クロアチア人共同体を宣言した。
ICTYは民族浄化作戦の背景として、1991年11月12日の会談の中でマテ・ボバンとダリオ・コルディッチにより署名された「ボスニア・ヘルツェゴビナに住むクロアチア人は最終的に、我らの永遠の願いである単一のクロアチア人国家を実現するための、確固とした実効性ある指針を抱かねばならない」とする合意を挙げた。1992年4月10日、マテ・ボバンは、その前日に結成されたボスニア・ヘルツェゴビナ共和国領土防衛軍()はクロアチア人共同体の領域的においては違法であると宣言した。5月11日、は、郷土防衛軍はキセリャク自治体の域内において違法であると宣言した〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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