|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ラリー・コリエル(Larry Coryell、1943年4月2日-)は、アメリカ合衆国のジャズ・フュージョン・ギタリスト。ジャズとロックの融合に早くから取り組んだ他、アコースティック・ギターを使用したジャズとクラシックの融合も試みる。 == 来歴 == テキサス州ガルベストン出身。1965年、The Free Spiritsというジャズ・ロック・バンドを結成、翌年にアルバム『Out Of Sight And Sound』発表。今日では、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズやマイルス・デイヴィスよりも早くからジャズとロックの調和を試みたバンドとして評価されている〔The Free Spiritsのバイオグラフィー(AllMusic) 〕。また、1967年にはゲイリー・バートンとも共演。 1972年、ランディ・ブレッカー等と共に、イレヴンス・ハウスというフュージョン・バンドを結成。1975年までは、同バンドでの活動が中心となる。イレヴンス・ハウスとしては最後のアルバムとなる『アスペクツ』では、日野皓正と共演。 1975年、スティーヴ・カーンと共にアコースティック・ギターだけによるツアーを行い、以後1980年代中期まで、アコースティック・ギターの演奏が中心となる。1978年1月、盟友ランディ・ブレッカーと共に、チャールズ・ミンガスのレコーディングに参加。1979年初頭、ステファン・グラッペリと共に、ジャンゴ・ラインハルトのトリビュート・アルバム『ヤング・ジャンゴ』制作。同年、ジョン・マクラフリンやパコ・デ・ルシアと共にアコースティック・ギター・トリオでのツアーを行うが、その後ラリーに代わってアル・ディ・メオラが加入。ラリーのリーダー・アルバム『トリビュータリーズ』(1979年)では、ジョン・スコフィールドやジョー・ベックと共に、アコースティック・ギター3本によるバトルを披露。1986年にはアル・ディ・メオラとのアコースティック・ギター・デュオで来日公演もしている。 1980年代前半には、ストラヴィンスキーの三大バレエ音楽「火の鳥」、「ペトルーシュカ」、「春の祭典」、また「シェヘラザード」や「ボレロ」といったクラシック音楽の楽曲を取り上げる。1984年、山下和仁との連名で、ヴィヴァルディ作品を取り上げたアルバム『ギター・オデッセイ〜四季』発表。 1980年代中期以降は、エレクトリック/アコースティックの両面での活動を続ける。1994年には、渡辺香津美のアルバム『OYATSU』にゲスト参加。 1980年代頃には一時日本に在住していた事もあり、多少の日本語は理解できるようである。また、井上陽水とも交友があり、陽水のライブではサポートも務めたことがある。なお、その時の演奏はライブビデオ『井上陽水ライブ'88 サントリーホール 夜のシミュレーション』として映像化されている(現在は廃盤)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ラリー・コリエル」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|