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ランボルギーニ・ハラマ : ミニ英和和英辞書
ランボルギーニ・ハラマ[らん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ラン : [らん]
 【名詞】 1. (1) run 2. (2) LAN (local area network) 3. (P), (n) (1) run/(2) LAN (local area network)
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ラマ : [らま]
 【名詞】 1. (1) (Dalai) Lama 2. (2) llama 3. (P), (n) (1) (Dalai) Lama/(2) llama

ランボルギーニ・ハラマ : ウィキペディア日本語版
ランボルギーニ・ハラマ[らん]

ハラマ(''Jarama'' )は、イタリアの自動車メーカー、ランボルギーニ1970年から1976年まで生産したグランツーリスモである。名はスペインマドリード郊外にあるハラマ・サーキットに由来する。
== 概要 ==
当初設計を担当したのはランボルギーニ・ミウラに続いてジャンパウロ・ダラーラであった〔『幻のスーパーカー』pp.31-54「シンクロニシティ」。〕。年間1,000台規模の生産を予定しており、この時点ではボアφ82mm×ストローク62mmのV型12気筒3,929cc〔3.14159×(8.2/2)×(8.2/2)×6.2×12≒3929.07。〕の片バンクを利用し大量生産型ランボルギーニ用として開発されていたボアφ82mm×ストローク62mmの直列6気筒1,965cc〔3.14159×(8.2/2)×(8.2/2)×6.2×6≒1964.53。〕DOHCエンジンを搭載する予定だった〔。ボディは鍛造鋼板を溶接して組み立てたセミモノコックで、2+2ながら足元のスペースを切り詰めて操縦席を前進させホイールベースを2,380mmに納めている〔。1968年4月にダラーラが退職し、設計は次席チーフエンジニアだったパオロ・スタンツァーニが引き継ぎ、イスレロに代わる2+2のグランツーリスモに位置づけを変更されてV型12気筒エンジン搭載となり、充分に熟成された〔。
車体のデザインは、ミウラエスパーダ同様、ベルトーネに委ねられ、チーフデザイナーのマルチェロ・ガンディーニが担当した。
1970年3月のジュネーヴ・ショーでデビューした。
ミッドシップ2座のミウラカウンタックと比較すると地味であり、完全な4シーターのエスパーダほどのスペースはなく、ラインナップ上は中途半端なモデルのように思われたが、実用的な2+2レイアウトを持ちながら2座席のライバル・フェラーリ・365GTB/4の2,400mmよりも更に短いホイールベースを活かして優れた操縦性を持ち、サーキットでは時折ミウラよりも良いタイムを出した〔。また静かで快適であり、エアコンの効きも良く、故障も少なく運転しやすく、実用性を兼ね備えたスポーツカーであった〔。ランボルギーニのテストドライバーだったボブ・ウォレスは「ボクの最もお気に入りのクルマだ」「あれこそ本当のランボルギーニだった」と語っている〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ランボルギーニ・ハラマ」の詳細全文を読む




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