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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
リチャード・レイヴァ・ラミレス(Richard Leyva Ramirez、1960年2月28日 -2013年6月7日 )は、アメリカ合衆国の連続殺人者。「ナイト・ストーカー」(Night Stalker)、「峡谷の侵入者」(Valley Intruder)などの異名で知られている。 1984年から1985年にかけて、ロサンゼルス郊外を中心に無差別に民家を襲撃し、暴行、レイプ、強盗などを働き、うち13人を殺害した。自らを悪魔崇拝者と標榜したその残虐な犯行は、カリフォルニア州全体をパニックに陥らせた。 ラミレスの凶行は、悪魔崇拝のほかに、13歳のときに聞いた従兄弟の話にも影響を受けていると推測されている。彼はヴェトナム戦争の時にアメリカ陸軍特殊部隊グリーンベレーの隊員として活躍していたと自慢し、ヴェトナム人の女性を虐待し、バラバラに切り刻んだ話を得々と語り、写真まで見せていたが、まったくのホラ話だった。また、この従兄弟が自分の妻を殺害した時、その現場にラミレスが居合わせ、返り血を浴びたと伝えられているが、真偽は定かではない。 アメリカのロックバンド、マリリン・マンソンのベースのトゥイーギ・ラミレズの名は彼に由来する。 ==経歴== 1960年2月28日、テキサス州エル・パソで、鉄道会社勤務の父ジュリアン・ラミレスと母メルセデスとの7人兄弟の末っ子として生まれた。ラミレス家は厳格なカトリック教徒で、幼いリチャードも両親と一緒にミサに通っていた。9歳頃から万引きや窃盗などの軽犯罪に手を染め、14歳になった辺りからマリファナ吸引を始めるなど、非行行為が目立つようになった。当時の友人たちの話では、ラミレスは幼い頃からすでに一匹狼として行動することが多く、地元の少年ギャングのグループに加わることはなかったが、必要に応じてグループの高級住宅地荒らしを手伝ったりしてドラッグを買う金を稼いでいた。しかし、それにも飽き足らず仲間から金をすり取ったりしたため、不良少年たちの間で「こそ泥リッキー」などと陰口を叩かれていたという。 早くからヘヴィメタルに傾倒する一方、教会の聖書勉強会で悪魔に魅せられるようになり、悪魔関連の書物を読み漁るようになったのもこの頃だった。地元のジェファーソン高校へ入学したものの、何事に対しても無気力無関心で、ほとんど授業に出席せず、学校行事にも一切参加しなかった。17歳で高校を中退したのち、マリファナ不法所持でエル・パソ警察に三度逮捕され、1982年には保護観察処分を受けたが、ほどなく出奔し、二度とエル・パソに戻ることはなかった。 1982年、サンフランシスコに住む、自分より年上の女友達を頼ってカリフォルニアに出て来たラミレスは、翌1983年にロサンゼルスに移るまで彼女の家で過ごしている。彼女の娘婿の話によると、当時のラミレスは銃とナイフに強い興味を持ち、その話ばかりをしていたが、ロサンゼルスに移ってからはコカインに手を出し、悪魔崇拝に傾倒していたという。ロサンゼルスでのラミレスは完全な根無し草で、バックパックに全財産を詰めて、どや街の安ホテルや簡易宿泊所を転々とし、金がないときは路上や駐車中の車に潜り込むなど、ホームレス生活を送りながら、窃盗を働いた。 この頃のラミレスは、ドラッグに溺れているだけでなく、コーラやカップケーキなどのジャンクフードを常食とし、また衛生観念もなかったため非常に不潔で痩せ細っていた。ロサンゼルスに移ったその年のうちに、ラミレスは自動車窃盗で逮捕され、懲役5か月の実刑判決を受け、翌年にもやはり自動車窃盗で36日間服役した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「リチャード・ラミレス」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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