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リュシアン・ゴルドマン : ウィキペディア日本語版
リュシアン・ゴルドマン
リュシアン・ゴルドマンLucien Goldmann1913年 - 1970年)は、ユダヤ系ルーマニア出自のフランス哲学者社会学者。独特のマルクス主義に基づく文学分析によって戦後フランスにおいて大きな影響力をもった。
1913年、ブカレスト生まれ。その後、ルーマニアのボトシャニに育つ。1959年以来11年にわたってパリ社会科学高等研究院(EHESS)で教え、1970年パリで急逝。
== 思想 ==
ゴルドマンの学問的経歴はピアジェルカーチの研究から始まる。1948年に彼はジャン・ピアジェの著作をフランス語からドイツ語に翻訳しており、翌1949年にはルカーチの著作数点を今度はドイツ語からフランス語に翻訳している。
ゴルドマンはまだフランスの左翼的知識人がマルクス主義の科学性を素朴に信奉していた1950年代1960年代からマルクス主義の危機を論じ、危機を乗り越えるためにマルクス主義理論の大幅な刷新が必要であると主張した。旧来のマルクス主義のプロレタリアート観を排し、構造主義運動にも異を唱えた。ジャン・ピアジェアラスデア・マッキンタイアはゴルドマンを絶賛し、「当時のマルクス主義者の中で最も繊細で最も優秀」と評している。とはいえ、左翼知識人の間で構造主義が大流行するにつれ、ゴルドマンの名前や著作が輝きを失っていったことは否めない。
ゴルドマンは未来を峻厳な歴史法則から導出されるものとして捉える当時のマルクス主義の主流的見解に異を唱え、パスカルが神の実在を信じたのと同様、一種の賭けとしてこの法則を捉えた。パスカルの『パンセ』とラシーヌの『フェードル』について行った名高い研究『隠れたる神』の中で彼はこう述べている。「一人ひとりがかかわりあうひとつの行為としての革命には、冒険と、失敗の可能性と、成功への希望が伴っている。しかし革命では、人々はみずからの人生を賭けるのである」。ゴルドマンはみずからの著作を「弁証法的」であり「ヒューマニズム」的であるとみなしていた。
ゴルドマンによる文学作品の分析は構造主義とマルクス主義的手法の合流点に位置すると共に、両者を超え出ている。文学作品は「世界観」の表現であるが、世界観とは常に集団が作りあげるものであって、個人が単独で作り出せるものではない。個人にできるのは世界観を意識化することにすぎない。
そうはいっても、文学作品を通じて世界観にかたちと首尾一貫した構造を与えることができるのは集団の中のごく限られた人々だけである。したがって文学作品は「超個人的な主体」の「世界観」の表現である。作者の個性は、「想像作品」の中に一貫した仕方でそれを定式化する手腕において表現される。
ゴルドマンによる歴史的唯物論のテーゼは以下の通り。「文学と哲学は異なった水準の世界観の表現なのである。そして……世界観は個人の所行ではなく社会的事実である」〔''Recherches dialectiques'', 1959, p.46.〕。さらにこうも述べている。「全ての文化的産物は個人的であると共に社会的な現象である。それが組み込まれている構造は、創作者の個性と、この個性を構造化する心的カテゴリーが産み出された社会集団の両方から構成されている〔''Marxisme et sciences humaines'', 1970, p.27.〕。
ロラン・バルトは『エッセ・クリティック』の中でゴルドマンの分析を評して、「社会史と政治史をもとにして作り得る……もっとも豊かな批評」と述べている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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