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ルイ・ジャック・テナール : ミニ英和和英辞書
ルイ・ジャック・テナール[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ルイ・ジャック・テナール ( リダイレクト:ルイ・テナール ) : ウィキペディア日本語版
ルイ・テナール[ちょうおん]

ルイ・ジャック・テナール(Louis Jacques Thénard、1777年5月4日 - 1857年6月21日)はフランス化学者である。1800年代の始め、ゲイ=リュサックと共にホウ素の発見、単離を行った。
貧しい家にうまれたが、薬学の勉強のためにパリにでた。アントニー・フルクロアとルイ・ボークランの講義に参加し、ボークランの実験室で職を得ることができた。化学の技術の上達がはやかったので、1797年には化学の教師になり、1798年には、エコール・ポリテクニークの助手となった。すぐにゲイ=リュサックと親友になり、共同研究をおこなうようになった。教師として有能で、すぐれた教科書を執筆した。1804年からコレージュ・ド・フランスの教授を務め、1810年からエコール・ポリテクニークで化学の主任教授を務めた。1825年シャルル10世からバロンの称号を得た。
業績については以下のものがある。
1802年顔料コバルト・ブルー(アルミン酸コバルト)を発明した。発明者の名からテナール・ブルーとも呼ばれる。もっとも早く合成された顔料のひとつである。
1808年ゲイリュサックと共にホウ酸からホウ素を単離した。デービーも同じく単離に成功しているが発表はテナールらのほうがわずか9日ほど早かった。
category:フランスの化学者



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ルイ・テナール」の詳細全文を読む




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