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ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン : ミニ英和和英辞書
ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン[ぶる]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ラン : [らん]
 【名詞】 1. (1) run 2. (2) LAN (local area network) 3. (P), (n) (1) run/(2) LAN (local area network)
ブル : [ぶる]
 【名詞】 1. bull 2. (n) bull

ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン : ウィキペディア日本語版
ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン[ぶる]

ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン(Louise Françoise de Bourbon, 1673年6月1日 - 1743年6月16日)は、コンデ公ルイ3世の妻。独身の頃はマドモワゼル・ド・ナント(Mademoiselle de Nantes, ナント令嬢)と呼ばれていた。
フランスルイ14世と愛妾モンテスパン夫人の庶子として、トゥルネーで生まれた。母は子供たちを生みっぱなしであったため、代わりにマントノン夫人の元で育てられた。1685年5月24日、ブルボン家傍系コンデ公の嗣子ルイと結婚した。コンデ公家は、王の庶子が降嫁されたことを喜んだと言うが、彼女にとっては不幸な結婚となった。夫ルイには、父のコンデ公アンリ3世と同じく遺伝性の精神病が受け継がれており、彼は暴力をふるう冷酷な人物だったからである。その一方で知的な面もあり、ルイ15世が最初に任命した宰相でもあった。
ルイーズ・フランソワーズは美しく、開けっぴろげで扇情的で、その辛辣な気性を恐れられた。同母妹のオルレアン公爵夫人フランソワーズと、どちらの娘がベリー公シャルルの妻となるか競争したことで知られる。子供たちに母親として影響を与えたかと言えばそうでもなく、娘たちの幾人かは信心深い女性に育ったが、コンデ家の遺伝性の病も同じように受け継いだ。
ルイーズの美しい像が、ブルボン宮殿に建てられている。
==子女==

*マリー・アンヌ・ガブリエル(1690年 - 1766年)
*ルイ4世アンリ(1692年 - 1740年) - ブルボン公、コンデ公。ルイ15世時代に首相となる。
*ルイーズ・エリザベート(1693年 - 1775年)
*ルイーズ・アンヌ(1695年 - 1758年)
*マリー・アンヌ(1697年 - 1741年)
*シャルル(1700年 - 1760年)- シャロレー伯
*エリザベート・アレクサンドリーヌ(1701年 - 1765年)
*アンリエット・ルイーズ(1703年 - 1772年)
*ルイ(1709年 - 1771年) - クレルモン伯



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン」の詳細全文を読む




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