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レオポルド・ド・ベルジック
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レオポルド・ド・ベルジック : ウィキペディア日本語版 | レオポルド・ド・ベルジック
レオポルド・ド・ベルジック(, 1859年6月12日 - 1869年1月22日)は、ベルギーの王位継承者。ベルギー王レオポルド2世とその王妃マリー・ヘンリエッテの間の長男。ブラバント公、エノー伯。全名はレオポルド・フェルディナン・エリー・ヴィクトル・アルベール・マリー()。 王太子だったレオポルド2世夫妻の長男として生まれ、1865年に父が王位を継ぐと、その法定推定相続人としてブラバント公の称号を与えられた。1869年、ため池に落ちてひいた風邪をこじらせ、10歳の誕生日を迎える前に肺炎で早世した。レオポルド2世は息子の葬儀の際、生涯でただ一度だけ公衆の面前で取り乱し、幼い息子の棺の前にくずおれて嗚咽したという。両親は一人息子だったレオポルドを亡くしたため、何とか男子をもうけようとしたが、1872年に三女クレマンティーヌが産まれた後は息子を諦めた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「レオポルド・ド・ベルジック」の詳細全文を読む
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