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レスリー・ニールセン(Leslie Nielsen、本名:Leslie William Nielsen OC、1926年2月11日 - 2010年11月28日)は、カナダ出身の俳優。『裸の銃を持つ男』シリーズなど、コメディ映画で知られる。カナダ勲章受章者。 == 経歴 == カナダのサスカチュワン州レジャイナ生まれ。母親のメイベルはウェールズ系、父親イングバードはデンマーク系の警察官であった。3人兄弟で、兄のエリク・ニールセンは政治家で、1984年から1986年までDeputy Prime Minister of Canadaを務めた。親戚に俳優のジーン・ハーショルトがいる。 聴覚に問題があったが17才で軍に入り〔Biodata about Nielsen's abusive father 〕、第二次世界大戦中にカナダ空軍で銃手として訓練を受け、退役後はトロントの演劇学校で学ぶ。ラジオのDJを経て〔アメリカに渡り、奨学金を得てネイバーフッド・プレイハウスや、アクターズ・スタジオでも学んだ。 1948年にテレビデビュー。当初はアクション映画を中心に出演する一方、シリアスな作品においても活躍していた。このころの出演作に『禁断の惑星』、『ポセイドン・アドベンチャー』などがある。1960年代以降はテレビ映画でも活躍。コメディ作品の初出演は、1980年公開の映画『フライングハイ』である。これによって、ニールセンに新たな魅力が加わった。1988年に『裸の銃を持つ男』が大ヒットしてからは、もっぱらコメディ作品に出演した。 『フライングハイ』では、飛行機の搭乗客の1人である「ルーマック医師」役として、ストーリー半ばから出演。冷静な表情でナンセンスなジョークを言ったり、とんちんかんな勘違いをして顔色を変える等といったコメディシーンを、見事演じきっている。『フライングハイ』制作スタッフによると、この映画への出演をニールセンに打診した際、彼は思う所があったらしく、OKともNOとも言わず、発言を保留した。 そこでスタッフは、1950年代に制作・公開された『Zero Hour』のビデオをニールセンに渡した。ニールセンは『Zero Hour』を観終えて、自分の役回りや台本のあちらこちらに散りばめられた台詞の意味を理解し、この作品において彼ならではとも言える演技を見事に披露。これ以降、コメディ作品でのニールセンの存在が確立されたという(2003年発売の同映画DVD特典において、当時の制作スタッフが同趣旨のコメントをしている〔『フライングハイ』では、かつて制作されたシリアスな作品や恋愛作品、本作品制作当時に放映されていたテレビCMなど、様々な作品がパロディにされている。『Zero Hour』でのシーンも、『フライングハイ』のあちこちに、笑いを誘うシーンと化して取り込まれている〕)。 コメディ作品での彼は、一見銀髪の渋い紳士だが、やることなすことヘマばかりという役どころが定番。ドジを踏むときの表情がなんとも言えずおかしい。かと思えば、ニールセンの周りで大騒動が起きているのに、彼1人だけくつろいだ面持ちで飲食していたりといったシーンも見られる。 日本では『裸の銃を持つ男』のイメージがあまりに強烈だったため、以降に日本で公開されたニールセン出演作品の多くに『裸の……』『……を持つ男』という邦題がつけられるようになった。日本の人気番組『加トちゃんケンちゃんごきげんTV』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』にも登場し、加藤茶や志村けんらと競演したこともある。ゴルフ好きで、ゴルフものの作品への出演(作品名・邦題:『裸のクラブを持つ男』)や著作もあるが、内容はもちろんおふざけである。 私生活では4度結婚し、2人目の妻との間に娘が二人いる。 2010年11月28日、フロリダ州のフォートローダーデールの病院にて、肺炎とそれに伴う合併症の為に死去〔「裸の銃(ガン)を持つ男」のL.ニールセン氏死去 スポーツニッポン 2010年11月29日閲覧〕〔『裸の銃(ガン)を持つ男』レスリー・ニールセンさん肺炎による合併症で死去 シネマトゥデイ 2010年11月29日閲覧〕。。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「レスリー・ニールセン」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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