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PQ17船団(ぴーきゅう17せんだん、Convoy PQ-17)とは、第二次世界大戦中、ソビエト連邦に送られた連合国軍の援助物資輸送船団のうちの一つ。ドイツ軍の攻撃によりソ連向け船団のうちもっとも大きな損害を受けた。なおドイツ海軍の水上艦艇による船団襲撃作戦には Rösselsprung (桂馬飛び)というコードネームが与えられた。 == PQ17 船団の出発まで == 1941年8月よりアメリカ合衆国・イギリスとソ連の間に結ばれた協定に従い、イギリスから北大西洋・北極海を経由してアルハンゲリスク・ムルマンスクに向かう、ソ連向けの援助物資を運ぶ輸送船団が運航されていた。ソ連の戦争遂行力を大幅に強化するこの船団に対し、ドイツ軍は徐々に攻撃の手を強めており、PQ17 船団の直前に運航されたPQ16 船団はUボートと航空機の攻撃により、7隻の商船を失っていた。 連合国軍側も、船団の護衛強化の必要性は十分に認識していた。しかし、地中海での戦いが激化し艦艇に余裕がないこの時期に、多数の空軍機、Uボートの他、戦艦ティルピッツを主力とする有力な水上部隊が配備された北大西洋・北極海海域に、主力艦艇を派遣することにためらいがあったといわれている。 十分な護衛強化策を打ち出せないため、連合国軍は襲撃を受けにくい夜の時間が長くなる秋以降に、PQ 船団の運航を延期しようとしたが、ドイツ軍の攻勢に晒されたソ連のスターリン首相の協定履行を求める強硬な声の下、1942年6月、PQ17 船団が運航されることとなった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「PQ17船団」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Convoy PQ 17 」があります。 スポンサード リンク
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