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レツゴー三匹(レツゴーさんびき)は、日本の漫才トリオ。 昭和後期から平成初期に活動し、それ以降は永らく休止状態にある〔。トリオとしての所属事務所は和光プロダクションをへて、松竹芸能。のちにじゅんのみオフィスのいりに所属した〔。 タイヘイ一門の総領格。「レッツゴー三匹」は誤記(由来は後述)。 == トリオ略歴 == ルーキー新一率いる「ルーキー爆笑劇団」の座員だった正児、じゅん、一修が、同劇団の活動停止に伴い旗揚げした〔レツゴー正児 プロフィール レツゴー正児ホームページ〕。トリオ名の由来は、名古屋の焼き鳥店「三匹」。それだけではインパクトがないとして、英語の「Let's Go」を付けた。正児によると、聞き取りやすさと、サインの書きやすさを狙い、あえて促音を抜いた表記の「レツゴー」としたという〔レツゴー三匹 正児の「人がいて ぬくもりがあって 人がいて」トップページ(キャッシュ) 2016年2月4日閲覧〕。 1年のちに一修が脱退するも、偶然同じ日に所属グループを失った長作を誘い、トリオを維持するとともに、長作の師匠であるタイヘイトリオのタイヘイ洋児の門下に移る〔井澤壽治『上方大入袋 名人の心と芸』東方出版、1988年 pp.210-213〕。1968年9月に新花月で初舞台〔。 1969年に松竹芸能に移籍(公式〔〔にはこの年を結成年としている)。千日劇場や、同劇場閉鎖後は道頓堀角座をホームグラウンドに活動した。本業の漫才では、1970年代に放送局主催の賞を多数受賞(後述)するかたわら、歌謡曲のレコードを発売した。山城新伍に気に入られ、1980年代にテレビ朝日系で放送された山城司会の『笑アップ歌謡大作戦』にレギュラー出演し、全国的な知名度を上げた〔レツゴー正児コラム バックナンバーNo.61~70 - No.65「山城新伍さんの子分でした」〕。 1990年代以降はトリオとしての活動が休止状態になっていく。休止してから一度、同じ事務所の後輩シンデレラエキスプレスの2人を交えて5人で酒の席を設けたことがある。2009年8月、長らく親交のあった2代目桂春蝶の実子・桂春菜改め3代目桂春蝶の襲名披露公演(大阪松竹座)に口上と漫才で参加したのが、公の場に3人揃った最後の機会となった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「レツゴー三匹」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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