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レニー・ディー : ミニ英和和英辞書
レニー・ディー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

レニー・ディー : ウィキペディア日本語版
レニー・ディー[ちょうおん]

レニー・ディー(Lenny Dee)は、イタリア系アメリカ人ハードコアテクノプロデューサー、およびDJである。また、先頭を切ってこのジャンルを開拓してきた人物である。本名は''Leonardo DiDesiderio''。
== 経歴 ==

=== 若き頃 ===
1984年、17歳の頃に地元ニューヨークブルックリンのローラー・ディスコ〔1980年前半頃にアメリカを中心に流行したディスコの一種。ローラースケートを履いて踊るフロアが特徴で、一般向けのディスコへ年齢的に入場できなかった未成年の若者に人気があった。〕でDJを始めた。その頃、ニューヨークのラジオ局KTUで流れていたトミー・ムスト(''Tommy Musto'')のラジオDJを聴くようになり、そこへ自作のDJミックステープを送り始める。
レニーがラジオへ送ったテープは好評となり、それが縁でトミーと親しくなる。これがきっかけで、トミーが当時活動していたユニット「ダイナミック・デュオ(''Dynamic Duo'')」のレコーディングに参加する事となり、1985年リリースのシングル"Knights Of The Turntables"でスクラッチを担当した。その後も、共同で''Fourth floor records''から作品を次々とリリースし、イギリスでアンダーグラウンド・ヒットを得るようになる。
この頃、ラジオやディスコDJの縁で、後にレニーが設立するレコードレーベル「インダストリアル・ストレングス」からも作品を度々出すラルフ・ディー(''Ralphie Dee'')とも知り合う事になる。2人はこの先も長い付き合いとなり、''English Muffin''や''Major Problems''というユニットを組み、ハードコアテクノの作品をリリースしていた事もある。
1989年からは、フランキー・ボーンズ(''Frankie Bones'')との共同作業で作品をリリースするようになり、XLレコーディングから''Looney Tunes''名義でリリースした作品がイギリスのチャートで好成績を収めた。
既にこの時期には、単なるローカルなニューヨーカーDJの一人から、世界的なプロデューサー、およびDJとして知られるようになり、1990年代にはベスト・ワールドワイド・テクノDJ(''Best Worldwide Techno DJ'')や、DJオブ・ザ・イヤー(''DJ of the Year'')などに選出されるようになった。
その後、ニューヨークの''Institute of Audio Research''でレコーディング・エンジニアの学位を取得した後、個人的にファンであったナイル・ロジャースのスカイライン・スタジオへと移り、ここでアーサー・ベイカーとの共同作業も経験した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「レニー・ディー」の詳細全文を読む




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