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ロビンソン百貨店(ロビンソンひゃっかてん、英:Robinson's)は、セブン&アイ・ホールディングス傘下のそごう・西武がかつて運営していた日本の百貨店である。また、株式会社ロビンソン百貨店は、2009年8月31日までこれを運営していた企業である。 2013年2月の時点で2店舗残存していたが、2013年3月より同じそごう・西武が運営する「西武」ブランドに転換した。 == 概要 == === ヨークマツザカヤとロビンソン・ジャパンの展開 === 1984年に、「イトーヨーカ堂」が、札幌松坂屋の再建支援の実績(「ヨークマツザカヤ」)をバックにアメリカの J. W. ロビンソン社(現在は廃業)と提携して、株式会社ロビンソン・ジャパンを設立したのが始まりである。 1985年11月に、イトーヨーカ堂のドミナントエリアの中で百貨店空白地帯であった埼玉県春日部市に、三井不動産による「春日部三井ショッピングセンター」の核テナントとして、最初の春日部店を開業した。 ここには当初、「西武百貨店」(当時は西武流通グループ)が入居することが決まっていた〔『三井不動産、大規模SCの開発・運営を全国展開ーー地域商業にカツ、まずは埼玉で。』日本経済新聞 夕刊(日本経済新聞社、1982年10月6日)より〕。1982年9月に、店舗を運営する現地法人「春日部西武」を設立し、1984年6月に開店する事を目指した〔。だが、建設計画中の1983年10月に、西武流通グループ側は開店時期を「1987年度内に延期する〔この時点で「1984年12月」、「1985年8月」と2度も延期していた。〕」と要請。これを巡り、開店時期を「遅くとも1985年度内」と求めていたビルオーナーの三井不動産側等と意見が対立した事で西武流通グループ側は出店契約を解除した〔『イトーヨーカ堂、百貨店事業強化ーーヨークマツザカヤを通じ春日部にも60年にも出店。』日本経済新聞 朝刊(日本経済新聞社、1983年11月20日)より〕。三井不動産はショッピングセンター計画を維持しつつ、代替テナントを募る事になった。 これを見たイトーヨーカ堂側が、同年11月にテナントを引き受ける形で、上記の「ヨークマツザカヤ」を出店させることとなった〔。その後、建設中の1984年9月26日にイトーヨーカ堂がロビンソン社と提携したことを受けて、ヨークマツザカヤから「ロビンソン百貨店」へ変更となった〔大手スーパーが百貨店事業を手がけた他の例としては、ダイエーのプランタン、イオンのボンベルタ百貨店、西友の西武店(現:リヴィン)などがある。〕。 また1990年4月には、栃木県宇都宮市に宇都宮店を開業させ、1994年3月にはヨークマツザカヤの経営をロビンソン・ジャパンに譲渡させ、ロビンソン百貨店札幌店とした。2000年9月には、ダイナシティWESTの核店舗として小田原店を開業させ、一時期は国内に最大4店舗に拡大した。 この間にロビンソンは、「東京23区最後の駅前再開発」と呼ばれた足立区・北千住駅前へ丸井・三越・東武百貨店などと出店を目指して争い、イトーヨーカ堂創業の地〔イトーヨーカドーの1号店が「ザ・プライス」に転換の上、現在も北千住駅周辺に現存する。〕でもあることなどから最後まで出店に拘ったが、最終的には丸井に敗退する結果となった。 2003年、イトーヨーカ堂は新たに、株式会社ロビンソン百貨店を設立し、債務超過となった株式会社ロビンソン・ジャパンから百貨店事業を引き継がせ、不採算だった宇都宮店を9月に閉店させた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ロビンソン百貨店」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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