翻訳と辞書
Words near each other
・ ヴァルター・ハイッツ
・ ヴァルター・ハイトラー
・ ヴァルター・ハルシュタイン
・ ヴァルター・バリリ
・ ヴァルター・フィリガー
・ ヴァルター・フェルゼンシュタイン
・ ヴァルター・フォルストマン
・ ヴァルター・フォン・ザイトリッツ=クルツバッハ
・ ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ
・ ヴァルター・フォン・ビューロウ=ボートカンプ
ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ
・ ヴァルター・フォン・ブロックドルフ=アーレフェルト
・ ヴァルター・フォン・ライヒェナウ
・ ヴァルター・フォン・リュトヴィッツ
・ ヴァルター・フッペンコテン
・ ヴァルター・フッペンコーテン
・ ヴァルター・フレミング
・ ヴァルター・フンク
・ ヴァルター・フーバッチュ
・ ヴァルター・ブイケンス


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ : ミニ英和和英辞書
ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ : ウィキペディア日本語版
ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ[ちょうおん]

ヴァルター・ハインリヒ・アルフレート・ヘルマン・フォン・ブラウヒッチュ(, 1881年10月4日 - 1948年10月18日)は、ドイツ軍人。最終階級は陸軍元帥ドイツ国防軍の第2代陸軍総司令官を務めたが、モスクワの戦いの最中にヒトラーにより更迭された。
== 経歴 ==

=== 初期の軍歴 ===
シレジア貴族プロイセン王国騎兵大将ベルンハルト・フォン・ブラウヒッチュとシャルロッテ・フォン・ゴルドンの間に生まれた。
士官学校を卒業後、1900年ベルリン・シャルロッテンブルクのエリザベート妃近衛擲弾兵第3連隊に一年志願の少尉として入営。翌年近衛野砲兵第3連隊に転属。1903年に砲兵学校で学ぶ。1905年、シュパンダウの銃器工場を監督。1908年から翌年まで、第3近衛野砲兵第3連隊第2大隊で副官。中尉に昇進。1909年、陸軍大学で学ぶことなく暫定で参謀本部付となる。1909年から1912年まで、近衛野砲兵第3連隊で連隊副官。1913年、正式に参謀本部に転属し大尉に昇進。第一次世界大戦勃発後、第16軍団参謀に転じる。1915年、第34歩兵師団参謀。1917年、皇太子付特務参謀。しかしすぐに総司令部第7課に転属。同年第11歩兵師団参謀。1918年2月、後備第1近衛師団参謀。同年8月、後備近衛軍団参謀となり少佐に昇進。
終戦後はヴァイマル共和国の国防軍に採用され、第2軍管区教育部付参謀となる。のち第6砲兵連隊で部長。1925年、中佐に昇進。1927年、ミュンスターの第6軍管区(=第6歩兵師団)参謀長に補される。翌年大佐に昇進。1929年、国防省兵務局教育部長に就任。1931年、少将に昇進。翌年砲兵総監に任命される。1933年のナチス政権樹立ののち、第1軍管区・第1歩兵師団司令官に補される。翌年中将に昇進し、ドイツ再軍備宣言後の1935年には第1軍団司令官に就任。1936年、砲兵大将に昇進し、翌年ライプツィヒに新設された第4集団司令官に任命される。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.