翻訳と辞書
Words near each other
・ 一刻魁堂
・ 一剣
・ 一剣会羽賀道場
・ 一剣浣春秋
・ 一割
・ 一割引き
・ 一劍浣春秋
・ 一力一夫
・ 一力一家事件
・ 一力一家組事務所撤去活動
一力健治郎
・ 一力敦彦
・ 一力次郎
・ 一力遼
・ 一力長五郎
・ 一力雅彦
・ 一助
・ 一勇斎国芳
・ 一動原体
・ 一動原体染色体


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

一力健治郎 : ミニ英和和英辞書
一力健治郎[いちりき けんじろう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いち]
  1. (num) one 
: [ちから, りょく]
  1. (n-suf) strength 2. power 
: [けん]
 【名詞】 1. health 2. strength 3. stick-to-itiveness 

一力健治郎 : ウィキペディア日本語版
一力健治郎[いちりき けんじろう]
一力 健治郎(いちりき けんじろう、文久3年9月25日1863年11月6日) - 昭和4年(1929年11月5日)は、日本の実業家河北新報社創業者(社主)。旧姓鈴木。宮城県平民〔『人事興信録. 5版』(大正7年)い八〇〕。
河北新報元社長一力次郎の父。元河北新報社社主の一力一夫の祖父。河北新報社社長の一力雅彦の曾祖父。囲碁棋士一力遼の高祖父。
== 経歴 ==
鈴木作兵衛の四男として生まれた〔。後先代松治郎の養子となる〔

東華学校第二高等中学校を卒業後、上京。国民英学会にて学ぶ。また、第二高等中学在学中には、くまじ夫人との間にすでに、一男一女をもうけていた〔。 
仙台での書店経営で実業界入りし、植林会社(宮城植林株式会社)を興し創業。宮城電燈会社重役等を歴任する。その後政界に進出し、明治27年(1894年)には、宮城県会議員を、翌28年には、仙台市会議員にも選出された〔。
明治30年(1897年1月17日改進党所属の宮城県会議長である藤沢幾之輔の勧めにより、進歩党機関紙「東北日報」を基礎に「河北新報」を創刊しその後、新聞経営に専念した〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「一力健治郎」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.