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万役山事件 (まんにゃくやまじけん)は、正徳5年(1715年)、周防国の久米村万役山の松の木一本を巡る争いから、毛利家の宗家である萩藩と支藩の徳山藩との間で領界の争論を生じ、徳山藩改易、藩主の毛利元次が追放されるまでに発展した事件。 万役山は山口県にある山で、万若山とも書く。萩藩領の西久米村と徳山藩との境界に存在し、松の木を巡る争いが起こった地点を萩藩領では箸ノ尾山と呼び、徳山藩領では尾崎山と呼んでいたが、徳山藩の旧記『徳山御還附一件』によると問題の場所はわずか10間足らずの出入りに過ぎなかったようである。 == 発端 == 正徳5年6月6日(1715年)、西久米村の百姓・喜兵衛、その長男・惣右衛門、次男・三之允が田の草をとっての帰りがけに、かつて植えておいた小松1本を切り取り、田の畦修理のために持ち帰ろうとしたのを、徳山藩の山回り足軽である伊沢里右衛門と久助が見つけて咎めたのが事件の発端である。そして咎めた後に争いとなり、里右衛門は喜兵衛の首を刎ねてしまった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「万役山事件」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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