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三瀬 幸司(みせ こうじ、1976年3月11日 - )は、日本の元プロ野球選手(投手)。 == 来歴 == === プロ入り前 === 香川県観音寺市出身。香川県立観音寺第一高等学校、岡山理科大学卒業。 観音寺第一高校入学時は外野手であったが、当時の監督に勧められ投手に転向。岡山理科大学は二部リーグで、本人曰く「うちの高校のほうが強いんじゃないかというぐらいのチーム」だった。当時は全くの無名選手だったため、高校は一般入試で、大学は野球とは関係ない指定校推薦でそれぞれ入学している〔東京中日スポーツ・2011年5月12日付 3面「旬撃 -竜戦士を直撃-」〕。 大学卒業後は野球をやめるつもりで就職活動をしていたが、父親の知り合いの紹介で社会人野球のNTT四国のテストを受け高評価を得る。しかしこの年のNTT四国は既に新人の枠が一杯だったため、まだ枠に余裕のあったNTT中国を紹介され、1998年にNTT西日本に入社〔。翌1999年に同チームが「NTT西日本中国クラブ」としてクラブチーム化されて以後も活動を続けた。当時NTT中国の本拠地は広島市民球場の隣であったが、広島東洋カープのスカウトが見に行った試合はいつも打たれたため、スカウトの目に留まることは無かった。 、この年限りでの休部が決まっていたNTT西日本中国クラブのエースとして、都市対抗野球大会中国地区第1代表を獲得。1回戦(対大阪ガス戦)に先発し敗戦投手になったが、キレのある変化球に数球団のスカウトが注目した。しかし当時、プロ野球のスカウトの間では「三瀬はNTT西日本に移籍する」と言われていたため、プロからの誘いは(後述のダイエーを除き)来ることはなかったという〔。 本人は「休部を機に社会人野球をやめて草野球でもやろう」というつもりだったというが、本人の意向を知った福岡ダイエーホークスから「辞める前に試しにテストを受けてはどうか」との誘いがあり、入団テストで当時の投手コーチだった尾花高夫らから高評価を受ける〔。同年秋のドラフト会議で同球団から7巡目指名を受けて入団。28歳でのプロ入りだった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「三瀬幸司」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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