|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 三 : [み] 1. (num) three ・ 金 : [きん] 1. (n,n-suf) (1) gold 2. (2) gold general (shogi) (abbr) ・ 時 : [とき] 1. (n-adv,n) (1) time 2. hour 3. (2) occasion 4. moment ・ 時代 : [じだい] 1. (n-t) period 2. epoch 3. era ・ 代 : [よ, しろ] 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation
三金(さんきん)とは、大韓民国の政治の上で重要な役割を担った三人の金姓の人物、金泳三・金大中・金鍾泌を指す。彼らはそれぞれ政治的な背景は異なるが、朴正煕時代から第五共和国・第六共和国初期の時期にかけての有力政治家であり、大統領候補(そして大統領)として知られていた。 ==登場== 3人が政治の表舞台に登場した時期はそれぞれ異なっている。まず金泳三は1954年の第三代総選挙にて最年少で国会議員に当選。そして金大中は1963年の第六代総選挙(1961年の補欠選挙で当選したが、直後に5・16軍事クーデターが発生したため当選は無効になった)で政界入りした。金鍾泌は朴正煕と共に1961年5月に5・16軍事クーデターを引き起こしたことで政治の表舞台に躍り出た。 金泳三と金大中は1967年の新民党院内総務選挙〔党首の兪鎮午は当初、金大中を院内総務に指名したが、議員総会にて賛成16名、反対23名、棄権2名の大差で否決された。否決された背景にはこれまで院内総務の地位を占めてきた柳珍山派の「中間ボス」であった金泳三が、同世代の競争者である金大中の院内総務への就任を阻止したい思惑があった。出典:木村幹『民主化の韓国政治 朴正熙と野党政治家たち 1961~1979』名古屋大学出版会、277頁〕と1970年9月の党大統領候補者選挙で「40代旗手論」を掲げて対決し、野党における有力政治家としての頭角を現し、互いに協力と競争の関係を築き上げてきた。この間金鍾泌も朴大統領の下で与党民主共和党(共和党)の議長や国務総理など要職を歴任した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「三金」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|