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下村槐太 : ミニ英和和英辞書
下村槐太[しもむら かいた]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [した, もと]
 (adv) under (esp. influence or guidance)
: [むら]
 【名詞】 1. village 
: [えんじゅ]
 【名詞】 1. Japanese pagoda tree 2. sophora japonica

下村槐太 : ウィキペディア日本語版
下村槐太[しもむら かいた]
下村 槐太(しもむら かいた、1910年3月10日 - 1966年12月25日)は、俳人。本名・太郎。大阪市に生れる。大阪府立布施中学校(現・大阪府立八尾高等学校)中退、軽印刷業を営む。「同人」「曲水」に投句、1925年、15歳のとき「寒菊」に入門し岡本松濱に師事。1931年の同誌廃刊まで編集に携わる。1936年岡本圭岳の「火星」に参加し中心作家として活躍。1938年、「火星」を退会し「鞭」を創刊、その後も1943年に「海此岸」、1946年に主宰誌「金剛」を創刊するがいずれも短期間で終刊している。1952年、「金剛」終刊とともに俳句の筆を折り、1964年個人誌「天涯」を創刊し句作再開、自由律で作句をはじめるが、1966年に病により死去した。56歳。生涯にわたって不遇であり清貧に甘んじる生活であったが、門下から金子明彦林田紀音夫堀葦男小金まさ魚火渡周平島将五など優れた人物を輩出している。代表句に「死にたれば人来て大根煮(た)きはじむ」など。生前の句集に『光背』(1947年)、没後の句集に『天涯』(1973年)『下村槐太全句集』(1977年)がある。
== 参考文献 ==

*鎌倉佐弓 「下村槐太」 齋藤慎爾、坪内稔典、夏石番矢、榎本一郎編 『現代俳句ハンドブック』 雄山閣、1995年、48頁
*冨田拓也俳句九十九折(9)俳人ファイルⅠ 下村槐太 」 ―俳句空間―豈weekly、2008年10月25日(2014年4月21日閲覧)

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「下村槐太」の詳細全文を読む




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