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中井 一夫(なかい かずお、1889年11月20日 - 1991年10月18日)は、日本の裁判官・弁護士・政治家。太平洋戦争終戦直前に神戸市長に就任し、戦後の復興に携わった。雅号は和堂。勲二等旭日重光章、勲一等瑞宝章(1986年)、修交勲章崇礼章(1989年)受章。元神戸弁護士会長。神戸市名誉市民(1989年)。 == 生涯 == === 誕生 === 1889年11月20日、大阪府大阪市東区瓦町(船場)に、薬問屋中井一馬・テルの末子(5男)として生まれる〔中井一夫伝編集委員会(編)1985、62・236頁。〕。父の一馬は大阪府議会議員と大阪市議会議員を兼任し、大阪府議会副議長、大阪市参事会員を務めた政治家でもあった。 中井曰く尋常小学校、高等小学校時代の成績は優秀で、毎年級長を務めた〔中井一夫伝編集委員会(編)1985、66頁。〕。岸和田中学校在学中に肺結核を患い、2年間の休学・療養生活を余儀なくされる〔中井一夫伝編集委員会(編)1985、68頁。〕。復学後、1909年に首席で卒業〔中井一夫伝編集委員会(編)1985、72頁。〕。熊本の第五高等学校を受験するが合格できず、父の指示で東京で下宿し予備校(当時、予備校は東京にしかなかった)に通って勉強し、1910年に再び第五高等学校を受験し、第5位で合格。熊本第五高等学校でも3年間級長を務めた〔中井一夫伝編集委員会(編)1985、72-73頁。〕。1912年、東京帝国大学法科大学英法科に入学。卒業後無試験で司法官(裁判官)試補となり(当時、東京帝国大学法科大学を卒業した者は無試験で法曹三者になることができた)、1918年、司法官に任官した〔中井一夫伝編集委員会(編)1985、74頁。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「中井一夫」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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