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中﨑 翔太(なかざき しょうた、1992年8月10日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(投手)。鹿児島県曽於郡財部町(現:曽於市)出身。愛称は『ザキ』、『中崎どん』、『天山』〔容姿やマウンドでの睨みを効かせた表情がプロレスラーの天山広吉に通じることから。菊池涼介や石原慶幸などチームメイトからそのような弄りを受けている。〕。 兄は埼玉西武ライオンズに所属する中崎雄太。 == 来歴 == 財部小学校では軟式野球の財部サンデーズでプレー。財部中学校では都城リトルシニアに所属。 日南学園高校では2年秋にエースとして宮崎県大会で優勝。3年春には県大会準優勝。 10月28日に行われたドラフト会議で広島東洋カープから6位指名を受けた。同年11月17日、契約金2500万・年俸450万円で契約。 9月19日の東京ヤクルトスワローズ戦でプロ入り初先発し、6回まで無失点と好投するも、中村悠平に頭部死球を与えて危険球退場処分を受け、敗戦投手となった。 4月12日の中日ドラゴンズ戦で中継ぎ登板し、失点を許すも直後に味方が逆転しプロ入り初勝利を挙げた。4月20日の読売ジャイアンツ戦では、予告先発投手の前田健太が右上腕三頭筋筋膜炎で登板を回避したため急遽代役を務めたが、長野久義、ホセ・ロペスにホームランを許し、5回2失点で敗戦投手となった。更に5月4日の巨人戦(東京ドーム)で先発したものの長野久義に満塁ホームランなどを浴び4回6失点で降板。その後登録抹消を経て、6月8日の西武ライオンズ戦で7回を無失点に抑え、プロ入り初の先発勝利を挙げた。 は昨シーズンオフに受けた血行不良の手術の影響もあり、6月6日まで1軍昇格は無かった。昇格後はロングリリーバーとして待機していたが、7月23日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)にて初セーブをあげると、それをきっかけに勝ち試合にも救援登板。特に、一岡竜司離脱後は8回を投げるセットアッパーに抜擢され、夏場以降の救援陣を支えた。クライマックスシリーズでも、1stステージ第2戦の延長10回、11回を無失点で投げきっている。 は開幕からセットアッパー候補として1軍に帯同。2015年からの守護神であるデュアンテ・ヒース、中崎と同じくセットアッパー候補の一岡竜司の被安打、ないし与四球の多い不安定な内容もあり4月半ばからは抑えの座に座る。一時は防御率5点台に達し、6月5日の試合(東北楽天ゴールデンイーグルス戦)では登場時に激しいブーイングを浴びると言った場面もあったが、そのきっかけとなった6月2日の試合(北海道日本ハムファイターズ戦)より後の試合ではセーブの失敗は無く〔負けが付いた試合はいずれも同点で登板し失点。8月7日の読売ジャイアンツ戦のセーブ機会での登板では片岡治大へ頭部四球を与え危険球退場となったが後を受けた一岡竜司がゲームセットまで投げきり試合は負けなかった。また、4点差ある場面で登板した8月26日の阪神タイガース戦では2失点で中崎は途中降板、大瀬良大地が登板しセーブを記録している。〕、6月5日以降46試合(48 1/3回)を6失点(自責5)、防御率0.93で抑える安定感を見せ、守護神として定着した。最終的に29セーブをマークし、2010年の横山竜士以来となる球団日本人二桁セーブ投手、永川勝浩以来6年ぶりとなる球団日本人20セーブ投手となった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「中崎翔太」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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