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中条氏は、日本の氏族の一つ。 ==中条氏(横山党)== 中条氏(ちゅうじょうし)は、武蔵七党横山党の一族。 源義朝の郎党として活躍した中条家長を祖とする。源頼朝の挙兵に参加し、鎌倉幕府の成立に他の武蔵七党の諸氏と共に尽力。横山党の嫡流である横山氏が和田合戦で滅びた後も幕府内で評定衆を務め、尾張の守護を長く務めるなど勢力を保った。 三河にも所領を持った縁で、同じく三河に所領を有する足利氏と縁が生まれ、南北朝時代には足利氏の北朝に味方し、室町時代には奉公衆に取り立てられた。三代将軍足利義満などに仕えたことで出羽、信濃などに勢力を広げたが、六代将軍足利義教の時代には義教の不興を買い失脚するなど衰退していった。 中条氏の所領の一つに三河加茂郡高橋庄がある。鈴木氏・三宅氏を被官とし勢力を保っていたものの、明応2年(1493年)10月の井田野の戦いで中条秀章が松平親忠に敗北。以後の中条氏は攻勢に転じる力を失った。戦国時代には駿河、遠江、三河を領する今川義元やその傘下の松平元康にたびたび侵攻され勢力を弱め、最後は桶狭間の戦いで義元を討ち三河へ勢力を扶植せんとした尾張織田信長の侵攻で一戦も交えず退散。三河の中条氏は消滅した。 中条流剣術でも知られる。 また、陸奥の国人である稗貫氏、出羽の国人白鳥氏も中条氏の流れを汲む一族とする説がある。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「中条氏」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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