翻訳と辞書
Words near each other
・ 中江川
・ 中江康人
・ 中江昌彦
・ 中江有里
・ 中江杜徴
・ 中江松窠
・ 中江滋樹
・ 中江玉桂
・ 中江用水
・ 中江百合
中江直澄
・ 中江県
・ 中江真司
・ 中江種造
・ 中江篤介
・ 中江篤助
・ 中江美裕
・ 中江翼
・ 中江良夫
・ 中江藤樹


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

中江直澄 : ミニ英和和英辞書
中江直澄[なかえ なおずみ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [なか]
 【名詞】 1. inside 2. middle 3. among 
: [こう, え, ごう]
 【名詞】 1. inlet 2. bay 
: [ひた, ちょく]
 【名詞】 1. earnestly 2. immediately 3. exactly

中江直澄 : ウィキペディア日本語版
中江直澄[なかえ なおずみ]
中江 直澄(なかえ なおずみ、生没年不詳)は、安土桃山時代武将大名。式部少輔。
豊臣秀吉馬廻として仕える。天正18年(1590年)、小田原征伐の際は石田三成を総大将とした忍城の攻めに参加。文禄2年(1592年文禄・慶長の役では朝鮮へ渡航せずに肥前国名護屋城に在陣し、東二の丸御後備衆、本丸裏表御門番衆に連名。文禄4年、伏見城普請に参加。知行地は、不明だが伊勢であったともいわれる。石高は1万石。醍醐の花見の警護にも名を見ることができる。
関ヶ原の戦いに際しては、川口宗勝大坂城におり東軍に味方するつもりで出立したが、増田長盛長束正家に留められたため心ならずもでは西軍に属した。安濃津城攻めなどに参加するが西軍が敗れると、所領を没収され宗勝とともに伊達政宗に預けられるが、慶長8年(1603年)に許された。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「中江直澄」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.