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久保断三 : ミニ英和和英辞書
久保断三[み]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ほ]
  1. (n,vs) guarantee 
: [だん]
 【名詞】 1. failure 
: [み]
  1. (num) three 

久保断三 ( リダイレクト:久保清太郎 ) : ウィキペディア日本語版
久保清太郎[くぼ せいたろう]
久保 清太郎(くぼ せいたろう、1832年12月29日天保3年11月8日)- 1878年明治11年)10月2日)は、幕末長州藩士、明治期の官僚。名・久清、通称・清太郎、松太郎。明治2年1869年)に断三と改める。号・淞東。
== 経歴 ==
長州藩士・久保五郎左衛門の長男として、萩城下松本村(現:山口県萩市)で生まれる。松下村塾玉木文之進吉田松陰に学ぶ。13歳で家督を相続。安政2年(1855年)、江戸藩邸の大番手として約二年間勤める。この間、古賀茶渓羽倉簡堂東条英庵塩谷宕陰に学んだ。
安政4年4月29日1857年5月22日)に帰藩し、富永有隣の出獄に尽力して、彼と松陰の三人で協力して松下村塾を独立させる。
安政5年7月1858年8-9月)に藩務に復帰し、明倫館出勤、三田尻講習堂出勤、政事堂出勤、舟木代官、上関代官、筑前伊崎代官、山口藩会計主事などを歴任。
明治3年1870年)、山口藩権大参事となる。廃藩置県後、山口県少参事に就任。明治5年1872年)、名東県(現:徳島県)参事となり、のち権令に就任。1874年(明治7年)11月、度会県(現:三重県)権令に転任。1876年(明治9年)7月20日に退官し、東京に転居した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「久保清太郎」の詳細全文を読む




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