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二荒芳之 : ミニ英和和英辞書
二荒芳之[ふたら よしゆき]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [に]
  1. (num) two 
: [これ]
 (int,n) (uk) this

二荒芳之 : ウィキペディア日本語版
二荒芳之[ふたら よしゆき]
二荒 芳之(ふたら よしゆき、1889年3月22日 - 1909年8月18日)は日本の伯爵、園芸家。旧姓は山本〔森岡清美『華族社会の「家」戦略』索引p.13〕。
== 経歴 ==
北白川宮能久親王の第5王子として栃木県に生まれる。生母は側室の申橋カネ。申橋家は栃木県平民で、日光輪王寺宮元家司に申橋姓がある〔森岡清美『華族社会の「家」戦略』p.397〕。
1891年、北白川宮能久親王の信任の篤い黒岩有哉(浅間牧場主事)に密かに預けられ、群馬県吾妻郡長野原町で3年間を過ごし、1894年から応桑村小学校(現・長野原町立応桑小学校)に学ぶ。
父の薨去の後、異母弟である上野正雄と共に親王の子としての認知を嘆願。北白川宮能久親王の第5王子と認知され、東京に移り、1897年7月1日、出生地の日光二荒山にちなみ二荒家を創設、伯爵の位を賜る。ちなみに日光は父がかつて門主をしていた日光山輪王寺の所在地でもある。皇族として皇統に加わらなかった理由は諸説あるが、認知までは民間の戸籍に入っており、その後戸籍が一度消された後改めて作られている。
1899年、応桑村小学校改築の際には北白川宮家から金一封が下賜され、北白川宮家の紋章を同校玄関に飾ることが許された。
病気で学習院中等科 (旧制)を中退し、新宿御苑で園芸に携わった。腎臓炎の悪化のため21歳で夭折〔 「二荒芳之伯爵逝く」東京日日新聞 明治42年8月20日『新聞集成明治編年史. 第十四卷』 (国立国会図書館デジタルコレクション)〕。
伊予宇和島藩伊達家9代目藩主伊達宗徳の九男の九郎が芳之の異母妹の擴子女王と結婚し、二荒芳徳と改名し、二荒家を継いだ。
甥に直木賞作家有馬頼義がいる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「二荒芳之」の詳細全文を読む




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