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井上祐二 : ミニ英和和英辞書
井上祐二[いのうえ ゆうじ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [い]
 【名詞】 1. well 
: [じょう]
 (n,pref,suf) 1. first volume 2. superior quality 3. governmental 4. imperial 5. top 6. best 7. high class 8. going up 9. presenting 10. showing 1 1. aboard a ship or vehicle 12. from the standpoint of 13. as a matter of (fact) 13. superior
: [に]
  1. (num) two 

井上祐二 : ウィキペディア日本語版
井上祐二[いのうえ ゆうじ]

井上 祐二(いのうえ ゆうじ、1963年3月2日 - )は、宮崎県日南市出身の元プロ野球選手投手)、野球指導者。
== 来歴・人物 ==
都城高校では、2年生の時にエースとして、1年上の与那城隆(巨人)とバッテリーを組み、夏の甲子園に出場。2回戦(初戦)で足利学園から完投勝利を収める〔asahi.com 第61回全国高校野球選手権大会 都城 対 足利学園 〕が、3回戦では高知高の中平克弘(大倉工業)に抑えられ敗れる〔「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年〕。翌夏は、県予選準々決勝で日向学院に延長16回の接戦の末に敗退、甲子園には届かなかった。
1980年のドラフト武藤一邦の外れ2位で指名を受け、南海に入団。10月2日の対西武戦では、ドラフト制導入後の高卒ルーキーでは4人目となる初登板・初先発での勝利を挙げるなど、入団当初は先発で活躍した。には8月6日の対阪急戦で警告が出た後の3回裏にボビー・マルカーノの頭部に死球を与え、同年パ・リーグに導入された危険球制度の適用による退場の第1号となっている〔読売新聞、1994年5月12日付夕刊、P.3〕。には6勝をあげ、初めて規定投球回(18位、防御率5.81)に達する。
その後はチーム事情により救援投手に回り、1980年代から1990年代前半のホークスを支えた。にはリーグ最多登板を記録、21セーブをあげ最優秀救援投手を受賞、年俸も1,500万円増の4,600万円(推定)とチームの投手で最高金額になっている〔読売新聞、1989年12月15日付朝刊、P.19〕。先発に復帰した翌年以後は成績が低迷し、6月27日に広島金銭トレードで移籍。広島では中継ぎとして復活を遂げる。10月に近藤芳久と共に無償トレード千葉ロッテマリーンズに移籍し、翌をもって現役を引退した。
引退後はロッテに残りに二軍投手コーチ補佐、とは一軍投手コーチ、は二軍投手コーチを務めた。からまでは再び一軍投手コーチ、からは同ブルペンコーチを務めている。10月15日、球団からコーチ契約の更新をしない旨を通知された〔コーチ契約に関するお知らせ - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2012年10月15日〕。
2015年より社会人野球・JR東日本東北でコーチを務める。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「井上祐二」の詳細全文を読む




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