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井手 正敬(いで まさたか、1935年4月3日 - )は、日本の実業家。西日本旅客鉄道(JR西日本)社長・会長を歴任。 == 人物 == 福井県生まれ。東京都立戸山高等学校を経て、東京大学経済学部卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。葛西敬之、松田昌士とともに「国鉄改革3人組」と称され、国鉄の分割民営化に尽力した。 1992年(平成4年)にJR西日本社長就任。ワンマン経営者として知られ〔社外有識者によるコンプライアンス特別委員会(委員長:高巌麗澤大学教授)の最終報告書の63ページ~68ページの件より〕、社長・会長を11年務め、JR西日本は「井手商会(商店)」と呼ばれるほどであった〔JR西3社長無罪 企業の「安全責任」は別だ MSN産経ニュース、2014年3月17日閲覧。〕〔巨悪はこの爺だ!! 井手JR西日本元(相談役 会長 社長) 若干蛇足、2014年3月17日閲覧。〕。また、そのワンマン振りから社内では「(井手)天皇」というあだ名でも恐れられていた〔「有罪しか…」遺族の思い届かず 足早に席に戻る“天皇”井手・元会長 MSN産経ニュース、2014年3月17日閲覧。〕。第5代社長の山崎正夫などからも恐れられる存在であったが、JR福知山線脱線事故後、収益重視の「儲け体質」が安全軽視につながった、との批判を浴び、またJR西日本の負の部分であるイジメとも言われる日勤教育の実態が暴露されたことにより引責辞任。辞任後、JR西日本子会社の幹部に天下りしていたことが発覚し、脱線事故の遺族から猛非難を浴びている〔報告会 幹部「天下り」に批判集中 YOMIURI ONLINE(読売新聞)2006年7月29日 〕。また、JR福知山線脱線事故の遺族との面会を避けている〔TBS「みのもんたのサタデーずばッと」2009年4月25日〕。 2006年(平成18年)に社長となった山崎正夫は、事故原因と考えられた井手の利益追求偏重の経営方針を徹底的に排除するため、「井手イズム」の一掃を目指し、次期社長有力候補と目されていた井手派の副社長を子会社の日本旅行へ転属させた〔【JR西社長起訴】連載・捜査の「力」(上)「すべてが後出しジャンケン」MSN産経ニュース2009.7.8〕ほか、2009年(平成21年)7月には記者会見で「井手氏とは基本的に縁を切る」と述べ、事故の責任をとり相談役を退任していた井手について、さらにジェイアール西日本総合ビルサービスなど関連会社2社との顧問契約も7月末で解除することを明らかにした〔朝日新聞2009年7月10日、読売新聞2009年7月10日、神戸新聞2009年7月10日〕。また、在宅起訴された山崎〔 福知山線脱線事故でJR西の山崎社長を在宅起訴 井手元社長らは不起訴 産経新聞2009年7月8日 〕の後任となる佐々木隆之〔JR西日本 佐々木新社長を正式発表 産経新聞2009年7月10日 〕も、山崎の考えを継承している。 2009年(平成21年)10月22日神戸第1検察審査会は、井手を起訴すべきだとする「起訴相当」を議決した〔福知山線事故、歴代3社長「起訴相当」…検察審査会 YOMIURI ONLINE(読売新聞)2009年10月22日 〕。 2010年4月23日JR福知山線脱線事故から(公訴時効である)5年を前に、在宅起訴された〔JR福知山線脱線:歴代3社長、強制起訴 毎日新聞2010年4月24日〕。同日起訴された歴代社長である南谷昌二郎と垣内剛は陳謝したが、井手は黙秘を続けている〔福知山線脱線:強制起訴の元社長2人、「重く受け止める」 毎日新聞4月23日〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「井手正敬」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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