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京成デキ1形電気機関車(けいせいデキ1がたでんききかんしゃ)は、京成電鉄が1947年(昭和22年)に導入した電気機関車である。 == 導入に至る背景 == 太平洋戦争終戦後の京成電鉄は、戦災被災車こそ9両〔「回想の京成電鉄 - ファンの目からみる戦後の15年間 - 」(1997) pp.184 - 185〕と比較的少数に留まったものの、極度の資材不足や保守能力低下などに起因して、可動車両は全在籍車両113両中わずか18両にまで減少した〔「回想の京成電鉄 - ファンの目からみる戦後の15年間 - 」(1997) p.183〕。さらに同時期には郊外への買出し客の増加などによって輸送量が急増したが、18両の可動車両のみでは捌き切ることは到底不可能であり、輸送力不足は危機的な状況に陥っていた〔。 そのため、京成電鉄においては戦災国電の払い下げ車両(2000形電車)や運輸省規格型車両(600形電車)の導入によって輸送力改善を図るとともに〔、当時東京芝浦電気(以下「東芝」と記す)において注文流れとなり〔「『東芝戦時形』機関車の導入過程 2」(2010) pp.61 - 62〕存在が宙に浮いていた2両の「東芝戦時標準形」電気機関車を購入し、自走不能な状態にある電車を牽引して旅客列車として運行することによって輸送力の向上を図ることとした〔。 上記経緯によって、1形1・2(以下「1号機」「2号機」と記す)の2両の電気機関車が、1946年(昭和21年)7月6日付認可〔、翌1947年(昭和22年)5月23日付竣功〔で導入された。 関係省庁へ提出した認可申請書類において''「朝夕混雑時ニ於ケル輸送力ノ向上ヲ計リ度」''〔と記されている通り、本形式は当初より旅客用機関車として導入されたものである〔。また「東芝戦時標準形」に属する日本国内向け電気機関車各形式において、1,372 mm軌間(馬車軌間)の路線向けに導入された車両は本形式が唯一であった〔。 本形式は後年の輸送事情改善とともに旅客列車牽引用途から事業用途へ転用され、1974年(昭和49年)まで在籍した〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「京成デキ1形電気機関車」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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