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今川 正彦(いまがわ まさひこ、1911年1月4日 - 1996年12月7日)は、日本の官僚、政治家。1981年から2期8年にわたり京都府京都市長を務める。 ==来歴== 山口県防府市出身。旧制第二岡山中学校(岡山県立岡山操山中学校・高等学校の前身)から、東京帝国大学農学部を卒業後旧内務省入り。戦前は中国勤務、戦後は経済安定本部や建設省などをへて、1961年に京都市都市計画局長に就任、1971年から3期助役を務める。 前市長舩橋求己の病気引退に伴う1981年の京都市長選に、「舩橋市政の継承・発展」を訴え、自民・社会・公明の推薦と共産・民社・社民連の支持を受け出馬。「6党相乗り」批判を繰り返した新自ク推薦の元衆議院議員・加地和を僅差で交わし初当選を果たす。1985年の市長選では前回市長選で惜敗した加地(新自ク・社民連推薦)のほか、同年6月に市政与党を離脱した共産党が推薦する湯浅晃(京教組副委員長)を抑え再選。1989年に引退を表明する。 1996年12月7日、上部消化管出血のため大阪府枚方市内の病院で死去。85歳。 市長在任中の1985年7月、神社仏閣に拝観料を上乗せする形で税を徴収する古都保存協力税の導入に踏み切ったが、京都仏教会が3次にわたる拝観停止などの対抗措置を取ったため紛争は泥沼化。同税は導入3年後の1988年3月末日をもって廃止された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「今川正彦」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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