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伊藤 真視(いとう まさみ、1960年5月8日 - )は、日本のミュージシャン、ドラマー。本名同じ。東京都足立区出身。 ロックバンド1960(いちきゅうろくまる)及び、trichromatic ropes(トリクロマティックロープス)のメンバー。ドラムを担当。 == 略歴 == 1977年、高校時代にアマチュアバンド「ステーション」〔元C-C-Bの渡辺英樹も在籍。伊藤が同級生だった田口智治を紹介。〕で活動。その後、プロの道を歩むため同バンドを脱退。〔自身の後任にと中学の後輩だった笠浩二を紹介する。〕 1979年、長沢ヒロが立ち上げたバンド「HERO」に加入。1stアルバム『ヒーローズ・ギフト』の完成直後に加入したため、レコーディングには1曲も参加していないが、ジャケット写真には写っている。 〔当時のメンバー高橋まことが脱退したため。〕 HEROで初めてレコーディングに参加したのは、ジャッキー・チェン主演の映画『拳精』の主題歌『チャイナ・ガール』。 HEROでの活動と同時に、近藤真彦のバックバンド「ライターズ」にも参加。〔バンド名は近藤真彦の愛称「マッチ」にちなんで「ライター ズ」とジャニー喜多川が名付ける。〕 ライターズとしての活動が比重の多くを占めたこともあり、HEROでの活動に支障が出るようになる。HEROは1981年に解散。 伊藤は近藤真彦のバックバンドとしての活動を基盤にする。1985年まで在籍。〔バックバンドの第二期「ダブルス」時代には元C-C-Bの田口智治も在籍。〕 1985年、大沢誉志幸のサポートバンドに参加し、以後、多くのアーティストのサポートやスタジオワークに参加。 1990年代後半にプロとしての活動を退く。 2000年代に入り、同じく元プロとして活動していた飯塚まもる〔1995年にビクターエンタテインメントからソロデビュー。〕と小松康伸〔1986年にCBS SONY(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)からソロデビュー。〕のツインボーカルバンド1960(いちきゅうろくまる)に加入。 1960は、2010年、NHK主催のアマチュアバンドコンテスト『熱血!オヤジバトル』に出場〔このコンテストは、プロ活動をしていない中高年のアマチュアバンドを対象としている。“元”プロは参加可能。〕。 全国437組のエントリーグループの中、「草野球だぜ!ベイビー」でグランプリを獲得。 同曲は1960のアルバム『Boy's Heart』に収録(2010年9月にキャッスルレコードよりリリース)。 現在は1960、trichromatic ropesと並行して、多方面でライブ活動を行っている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「伊藤真視」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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