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伊賀 弘三良(いが こうざぶろう 1928年 – 1998年)は兵庫県出身の編集者、出版事業家。祥伝社元社長。 旧制姫路中学校から陸軍予科士官学校、旧制第六高等学校を経て東京大学文学部仏文科卒業。もともと作家志望だったが、渡辺一夫教授により神吉晴夫に紹介され、1953年、大卒一期生として光文社に入社。同期に、のちの祥伝社社長藤岡俊夫がいた。出版局に配属され、1955年、京大の動物学者伊谷純一郎に『高崎山のサル』を書かせてヒットを飛ばす。 1959年、カッパ・ノベルス創刊編集長に昇進。以後、カッパ・ブックスの編集長を兼任。「ノベルス」誌および「月刊宝石」誌の編集長を歴任。30代の若さで役員として書籍グループの統括者となったが、労働争議により他の役員8人と共に退社し、藤岡俊夫や櫻井秀勲と共に祥伝社を設立した。 1970年、ノン・ブックを創刊。松原泰道『般若心経入門』や五島勉『ノストラダムスの大予言』シリーズが大ベストセラーとなる。その後さらにノン・ノベルを創刊し、平井和正、夢枕獏、菊地秀行、内田康夫などの流行作家を生む。半村良を売り出すときには伝奇推理という語を創始した。 1985年から1993年まで祥伝社社長。以後、取締役相談役を経て出版部に戻り、編集者に復帰。川喜田二郎『野生の復興』や曽野綾子『完本・戒老録』などのヒットを飛ばす。70歳で病死。 category:日本の編集者 category:日本の実業家 category:兵庫県出身の人物 category:1928年生 category:1998年没 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「伊賀弘三良」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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