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佐伯 石湯(さえき の いわゆ、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。本姓は「佐伯宿禰」。遣新羅大使佐伯麻呂の子。子に佐伯伊多智がいる。正五位下・征越後蝦夷将軍・右将軍。 == 概要 == 大宝2年(702年)11月22日、伊勢国国守であった石湯は持統太上天皇の伊勢国行幸に際し封戸10戸を下賜される。 和銅2年(709年)、蝦夷征討において巨勢麻呂が陸奥鎮東将軍に、石湯が征越後蝦夷将軍に、紀諸人が副将軍に任じられ陸奥国、越後国の蝦夷討伐を行なった。このとき石湯は節刀を賜り、その後の蝦夷征討では節刀を賜ることが慣例となった。この討伐は関東から北陸の兵をもって3月から8月までの約5ヶ月間行なわれた。討伐を終えた石湯と諸人は天皇から直々に恩賞を賜っている。この討伐により越後北部一帯(越後国出羽郡)の支配を確立することに成功し、討伐の3年後の和銅5年(712年)出羽国が設置された。 和銅3年(710年)の朝賀の礼では蝦夷討伐の功により右将軍を務めた(左将軍は大伴旅人)。以降については現存する史料に石湯の名が登場することがないため不明である。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐伯石湯」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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