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佐布里パークロード(そうりパークロード)は、愛知県知多市に存在する遊歩道。 == 概要 == 1972年開通〔〕。愛知県道24号知多東浦線の長曽橋西交差点から信濃川の左岸を通り、佐布里池に至る。全長約3km。ちょうど佐布里地区原型集落の中心軸をたどる形の経路となっている〔『知多市景観形成計画現況調査報告書』知多市都市開発部都市計画課、1995年、80, 83ページ。※表紙は『知多市景観形成計画―現況編―』と記載。〕。 この道路の地下には臨海工業地帯への導水管が埋まっている。もともとはこの導水管上に愛知県が作った管理用の道路であった〔『中日新聞』2010年8月19日付朝刊14面(知多)。〕。開通当時に市の花でもあるツツジが周辺住民により植樹され、市役所と並ぶツツジの名所となった〔『毎日新聞』1995年5月8日付(愛知)。〕。 遊歩道としての整備は1991年に設立された市民団体「210円ゆめの会」が呼び掛けたものである。会は知多市制20周年(1990年)記念事業の実行委員会を母体に、町作りについて市民が話し合う定例の場として設けられたもので、パークロードの整備は会設立後、最初に企画されたものであった〔「チョット素敵なまちに向けて―知多市の市民会議「210円ゆめの会」―」『あい・ち・いき・づくり―地域づくりにかける人々―』愛知県まちづくり研究会(企画・編集)、愛知県、1993年、20-21ページ。〕。構想は市も巻き込んで具体化〔『朝日新聞』1998年3月7日付(愛知)〕、1992年12月には愛知県の「愛知のふるさとづくり事業」に採択され〔「中村スイセン緑道など6ヵ所 『愛知ふるさとづくり事業』選定」『中日新聞』1992年(平成4年)12月25日付朝刊16面。〕、1993年度から2年を費やし遊歩道に整備された〔。完成後も知多市はパークロードを佐布里池への散策ルートを多様化するうえで軸となる経路と位置付け〔『明るく住みよい緑園都市をめざして 緑と花のまちづくり推進計画―実施計画―』知多市、1995年、38ページ。〕〔『知多市景観形成計画』1996年、18, 82, 95ページ。※中表紙は『知多市「歩くことから考える景観まちづくり基本計画」』と記載。〕、付帯設備などパークロード自体の整備を継続〔『明るく住みよい緑園都市をめざして 緑と花のまちづくり推進計画―実施計画―』39ページ。〕、210円ゆめの会による周辺植樹活動も展開された〔。 整備後はイベントにも活用されており、2009年には「東海自然歩け歩け大会」の経路としても使用された〔田中富隆「梅に誘われ完歩 東海歩け歩け大会 知多で10㌔開催」『中日新聞』2009年(平成21年)3月2日付8面。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐布里パークロード」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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