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「佐賀県民の歌」(さがけんみんのうた)は日本の都道府県の一つ、佐賀県が制定した県民歌である。作詞・明石省八、作曲・團伊玖磨。 == 概要 == 佐賀県では1936年(昭和11年)に「佐賀県民歌」(作詞・松尾松治郎、補作・吉田絃二郎、作曲・下総皖一)が制定されたが、一般に広く普及せず1945年(昭和20年)の太平洋戦争終結後には忘れ去られてしまった〔福岡博『佐賀県新民謡詞華集』(佐賀新聞社、1996年)、1ページ。 ISBN 4-88298-075-4〕。 その後、県政90周年と1976年(昭和51年)に開催される若楠国体を記念して新たな県民歌を制定することになり、1973年(昭和48年)に歌詞の公募を実施した〔中山裕一郎 監修『全国 都道府県の歌・市の歌 』(東京堂出版、2012年) ISBN 978-4-490-20803-0 、382ページ。〕。296編の応募作から小城郡(現在の小城市)牛津町出身で新日本製鐡(現在の新日鐵住金)名古屋製鉄所従業員の明石省八が応募した歌詞が選定され〔「佐賀県のシンボル」 (佐賀県公文書館)〕、作曲は県の依頼により團伊玖磨が行った。県の公式サイトでは制定意義を「郷土佐賀県が豊かな自然の中に調和しつつ、新しく躍進していく姿と、県民が輝かしい未来への希望と明日をひらく意欲をこめて制作されました」と解説している。 1974年(昭和49年)3月21日に制定され、旧佐賀県体育館の開館11周年を記念して開催された「文化講演の夕べ」で演奏が行われた〔。日本コロムビアが栗林義信の歌唱を吹き込んだソノシートを作成している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐賀県民の歌」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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